7月18日

ろーすとびーふ

本編

 また、いつもの日常が始まる。


 スマホのアラームはいつも決まった時間に僕を起こす。起こされた僕は、いつも通り朝食を食べ、いつも通り身支度を済ませる。同じ事の繰り返しって、本当につまらない。そんな事を考えながら、いつも通りに家を出て、いつも通りに学校へと向かう。七月も中旬だからか、やたらと蝉の鳴き声がうるさい。意味もなく繰り返される騒音は、どこまでも無機質でつまらなかった。


 教室に辿り着いて、僕は自分の席に鞄を掛けた。汗で張り付いた制服に、扇風機の風が心地良かった。席について呆然と涼んでいると、いつの間にか一限目の授業が始まっていた。

「――この問題を……今日は18日だから、18番の人」

 僕は右手を少し挙げ、黒板に書かれている問題に答えた。この口頭試問も、僕にとってはつまらなかった。最近は好きな教科の授業でさえも、つまらなかった。


 昼休みに入り、教室は喧騒に包まれていた。その喧騒から逃れるように、僕は売店に立ち寄って、昨日とは異なる鮭のおにぎりを買った。それを片手に、自販機でアイスコーヒーを買う。僕は好きなものを自由に買うことができる昼食が好きだ。

 昼食を食べ終えて手持ち無沙汰になった僕は、机の中に入っている本を取り出した。数日前に読み終えたこの本に挟まっている栞を引き抜いて、適当なページを開く。昨日はどこまで読み返したっけ。


 授業の予鈴まであと一分。本を閉じた僕は、鞄の中に入っている封筒を取り出す。シンプルな白い封筒の中身は、彼女への手紙だった。僕は周りに見つからないように、これを彼女の机の中に入れ、何食わぬ顔で自分の席に戻った。


 つまらない授業も終わり、放課後。僕は誰もいない教室の机の上に座っていた。時計を見ながら彼女が現れるのを待つ。

 静寂な空間に、一つの足音が近づいてくる。

 教室の入り口付近でその足音は止まり、彼女の優しい声だけが響いた。

 僕が机から降りて振り向くと、彼女は不安そうに僕の手紙を手にしていた。

 僕は彼女を見つめながら、淡々と愛情を告白する。

 彼女は「彼女」でないといけない。

 彼女はただ、恥ずかしそうに笑っていた。

 そんな風に微笑む彼女を見ると、僕は生きる意味を見失わずに済んだ。

 記念にスマホで写真を撮った僕たちは、今週末に二人で出掛けると約束した。


 帰路につこうと昇降口を出た時、大粒の水滴が一つ落ちてきた。その水滴はたちまち辺りを満たしていき、いつの間にか前も見えないぐらいになっていた。止むことのない雨は、僕に傘を忘れたことを気づかせた。だけど、僕はそれが嬉しかった。

 僕は雨に打たれながら、薄暗くなった帰り道を進んだ。こんなに制服を濡らしながら帰るのは初めてだった。今日はどうしてか。意味もなく繰り返される轟音に、僕は人間的な温かさを感じていた。


 それから少しだけ寄り道をして、近くのコンビニに入った。ビニール傘を買おうか迷ったが、それよりも先にすべきことがある。僕は濡れた制服のポケットからスマホを取り出し、店内のコピー機でさっき撮った写真を印刷する。いつもより多い視線を気にしつつ、印刷された写真を大切に鞄にしまい、結局傘を買わずに帰路へと戻った。


 いつも通りの夕食を食べた後、僕は自分の部屋に置いてある日記帳を取り出した。中を開くと、そこには数十ページに渡って彼女との写真が貼られていた。そして、今日の写真もここに貼り付ける。

 これで何枚目だろうか。ここ数ページの写真には、日付すら書かれていない。

 ふと、一番初めの「今日」を見返してしまう。そこには写真は無く、数行に渡って文章が綴られているだけだった。


『7月18日 今日はついに■■さんに告白した!

 緊張してうまく話せなかったけど、なんとかOKしてもらえた! 本当に嬉しい!

 ■■さんと撮った写真、一生宝物にする!

 それに今週末、一緒に遊びに行くことになった! 楽しみ過ぎる!

 あ、これからの事とか色々計画立てないと――』


 この甘ったるい文章を読むと、悔しさで胸が張り裂けそうなほど痛くなる。それに呼応するかのように、外の雨音は段々と大きくなっていく。どうしてこの日記帳だけなのか。それ以外の全ては、「今日」が繰り返されるたびにリセットされてしまう。

 僕の「宝物」は、今もあの日に取り残されている。あの日からずっと、僕は「今週末」を待ち続けている。ああ、――



 また、いつもの日常が始まる。

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7月18日 ろーすとびーふ @roastbeef

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