第5話 幼馴染はメカクレ配信者

 予想通りだ。

 さっそく次の休み時間、小院瀬見は臼木さんの席に向かった。


 ほらいきなり何かの話題で談笑してるぞ。

 女子どうしってホント、ああいう時にうわべだけ仲良くなるの凄いよな。

 そんで小院瀬見が俺のことを指差した。

 おぉっ、臼木さんもこっちをチラッと見たぞ。

 グッジョブだ、小院瀬見。

 えっへっへ、しめたぞ!

 そのまま俺の評価をうなぎのぼりにさせてくれ。



 今度は俺自身が注意しないとな。

 また地の文のオッサンが出てきたら、俺の時間や記憶が奪われる。

 小院瀬見をサブヒロインとして踏み台にして臼木さんとは適度に距離を保ちつつ、あの子の病気によるナレーションからも逃れられて一石二鳥だ。

 俺ったら天才かもしれん。


 しかし、その日の放課後はいきなり図書室で三人で自習をすることになった。

 他の生徒の姿も無いし、司書は図書委員の会議があるとかでカウンターにも誰もいない。俺達三人だけだ。

 お嬢様らしい博識ぶりはさすがの小院瀬見。文学に関する知識が豊富な臼木さんに引けを取らない。俺はニコニコ笑いながらも内心ただ阿呆のように会話が通り過ぎていくのを見ているだけだ。だってラノベと漫画以外は全然わかんないんだもん。


「臼木さんは読書以外のご趣味は、ございますの?」

 小院瀬見からの質問に何か歯切れの悪い物言いで濁す臼木さん。

「うーん、あると言えばあるというか……」

 なんか俺の方をチラチラ見てくる。俺に気があるのかよ。

 そうじゃないだろうな。俺の前では言い出しにくい趣味なんだろうか。

「どうせならお教え願えないかしら?」

 よし、小院瀬見が押したぞ。さぁ臼木さん、俺にも聞かせてくれ。

「実は……声優さんのゲーム実況とかの配信を観るのも好きなの。でもヘンだよね、こんな趣味」

 少しはにかみながら、わずかに色白の頬がピンクに染まる。

 尊い。尊過ぎるよ、臼木さん。


「それにアニメが好きなんて子供じみてるよね」

 そんな風に自分を卑下した臼木さんの言葉が鋭い刃となって俺の胸に刺さる。

 母さん、俺アニメと漫画からは卒業するよ……大学生になったら。



 それからも俺らは三人で会話するようになった。

 元の男友達連中はクラスの女子と会話している俺を羨望の視線で見てくる。

 しかも、こうやって臼木さんとも接する時間が増えたし、ラブコメ展開とは程遠いが全てはサブヒロインの小院瀬見のおかげだ。

 だがそれは完全に俺の油断だったと後に知る――。



 臼木さんは体調が悪くなり学校を休む日もちらほらと増えてきた。

 当然、体育は見学。

 休み時間にはいつものように読書をしているが、どこか手に付かない様子。

 そんな彼女を俺も小院瀬見も不安そうに見ていた。


 放課後。

 俺は思い切ってあの子に声を掛けた。

「臼木さん、一緒に帰ろうよ」

 どこか硬い笑顔を浮かべながら彼女は黙ってうなずく。

 体調が思わしくないのであろう。

 それを察するに道化て明るく振る舞うなんてことはできなかった。


 力無く進む佐智のそばを健太はただ寄り添うように歩き続けた。

 ようやく赤信号で足を止めた彼女は、空を見上げながら溜息をつく。

「なんかいろいろ考えちゃってダメだね。前向きにならないと」

「しょうがないよ、そんな時だってあるんだから」

「でも、私すごく楽しかった。小院瀬見さんと仲良くなれたのも嬉しかったし、読書仲間が見つかって良かったよ。だから……」

 澄んだ青一色に塗られた空には淡い雲が折り重なるように広がっている。

 十月も半ばとなると日没も早く、家々の屋根や高層の商業ビルを茜に染め始めた。

 それでも、この空はどこまでも続いている。

 遠い地に旅立った友も同じ空をみているはず。

 そんな小院瀬見の在りし日の姿を佐智も思い返していた。



――おいっ小院瀬見! なに勝手にナレ死してんだよ!

 いや、別に死んでないけど。

 お前ついさっきまで居ただろう。なんで退場してるんだ。

 だいたいお嬢様が受験前の三年生の二学期に公立の学校に転校してきて、そんで数週間のあいだに消えるってどういうことだか。

 つーか、それだけじゃない。

 いつの間にか十月になってるじゃねぇか!

 この間の俺の日常はどうなった?

 宿題って出したのか? ちゃんと飯は食えたの? 便秘してない? 寝れてる?


 あーヤバいな。

 地の文のオッサンが久しぶりに本気出したぞ。

 つーか、臼木さんと物理的な距離を縮めたんだ。

 それくらいのリスクがあることくらいは俺も覚悟しておくべきだった。


 ともかく、小院瀬見は消えた。

 次なる手を考えておかないと、また臼木さんとの距離ができてしまう。


 おお、そういえば臼木さん、声優のゲーム実況配信を観てるって言ってたな。


 ラノベや漫画だって今や異世界モノや追放モノの次は配信系だ。

 つまり俺も声優と同じゲームの実況配信を始めてそこに臼木さんを招待して、まずは声優がプレイしてる世界を堪能してもらいながら、俺が臼木さんにチュートリアルを教えているうちに徐々に俺を声優と誤認してもらうって寸法だな、よし。

 しかもそれでもし配信がバズったらクラスじゅう、いや学年、学校じゅうから一目置かれるはず。

 よっしゃ、そうと決まればまずは配信の準備からだ。



「はぁ? なんであたしが健太の配信の手伝いをしなきゃならないのさ」

「そう言うなよ。俺とお前との付き合いだし、お前そういう機械に強いだろ?」

 学校の放送室。

 収録ブース横にあるPAミキサーの前に座ってる女子に俺は懇願した。

 ショートボブの髪を片方に長めに流しているせいか、いつも右目が隠れてる。

 それに大きなレンズでふちの太い眼鏡。

 そして華奢な首には似つかわしくない、ワイヤレスイヤホン主流のこの時代にデカい有線のヘッドホンを掛けている。なにやら音質が桁違いだそうだ。


 放送部の部長、音更希久おとふけきくは小学校から俺と同じ学校という付き合い。

 いわば『幼馴染』枠と言えなくもないが、互いの趣味嗜好や方向性が違えば決してラノベの主人公によくある幼馴染みたいに人生が交わるはずもない。

 ごくたまに通学路で出くわして、互いに二、三、言葉を交わすくらいだ。


「それにしてもゲーム実況の配信なんてレッドオーシャンだよ。それでバズろうなんて甘い考え、やめた方が良いとあたしは思うけどね」

「そういう事言うなって。やる前から可能性を潰すのは勿体ない話だろ?」


 俺が食い下がるのも当たり前だ。

 この間、俺は臼木さんが好きな大して興味も無い男の声優をフォローして捨てアカからコテハンも作り、コメント入れたりスパチャしたりと相当な投資したんだ。

 そんで声優と同じゲームをある程度までやり込み、配信機材も買い、臼木さんにも参加して貰おうって言うんだから相当にエライもんだよ、俺も。

 こう言うと簡単だが、むしろ地の文で一気に飛ぶ時間より苦行の日々だったんだ。


「頼むよ。今回の配信が上手くいったら礼をさせて貰うからさ」

「結果的にバズらなくてもあたしのせいじゃないからね」



 さぁ、いよいよ配信当日の夜だ。

 俺は自分の机にカメラを置き、インカムをつけて、オンラインゲームにログインしてから配信を行う。

 事前に賑やかしとして、男友達には伝えといた。

 そんで臼木さんにもメッセージを入れた。いよいよだな。


 その様子を画角の外から見守る希久。

 決してあいつが見切れる事のないよう入念にスタンバイポジションも決めた。


 すると俺のスマホが鳴った。

 臼木さんからのメッセージだ。

『なんだか体調が悪くて今日は早めに休みます。せっかくのお誘いごめんね』


 うん、そりゃそうだろうな。もちろん体調優先で構わない。

 でも俺も臼木さんを優先してたから、モチベーションが一気に下がったよ。


「ちょっと、実況のくせになんで黙ってるの。早く喋ったりプレイを進めなさいよ」

 手元のスマホで今まさに配信されてる動画を観ながらマイクが拾わないよう小声で俺を迫っつく希久。

 でも俺はインカムを取るとカメラの外に向かって普通に喋る。


「いや、もう俺達やめにしようぜ?」

「はあ? あんたが言い出したのに?」

「あんまり気が乗らないんだよ」


 そしたらさすがの希久も怒りに震えてカメラの画の内側に入って来た。


「あんたがどうしてもって言うから、あたしだってのに、それでもう飽きたとか気が乗らないってどういうことよ!」

「俺らも充分長いだろ? ?」

「馬鹿言わないで! そっちからとか言ったくせに、あたしの貴重な時間と少しだけあんたに期待しちゃった気持ち返してよ!」

「そうは言ってもさぁ……」


 そこで俺と希久は、近くにあるインカムとカメラを思い出した。


「やべぇ! 配信切り忘れた!」


 これが原因でネットでは『高校生リア充カップル、生配信で痴話喧嘩w』と少しだけバズった。

 当然ながらクラスの男友達も見てる。

 学校での俺、完全に終わったな。

 そのあとすぐにネット界隈のアカウントを消去して、俺はウェブの世界から静かに立ち去っていった。

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