第21話
クラスには満点星ゆりかの姿はなく、休んでいるらしかった。昼休みまで授業を普通に受けたが、まったく身が入らなかった。
チャイムがなり、クラスの生徒たちが席を立つよりも早く教室を出る。教師にはこの姿が、よっぽど授業を受けたくなかった人みたいに見えるんだろう。隣の、隣の、その隣のクラスへ駆けていく。
クラスでは教師が今授業を終え、出ていくところだった。ぶつかるすんでのところで立ち止まり、教師が行くのを見守る。
教室を覗いて
「みや、晃君」
クラスの視線が集まる。二人はそこにいた。
二人は少し恥ずかしそうにしながら、周りの野次を背中に受けて出てくる。そして三人、教室の扉の前に、輪になるように固まる。
「俺ら、付き合ってんだ」
晃君の第一声はそれだった。
「四月の始業式からさ。つるぎ来なかったじゃん?二人だけで集まって成り行きっつーか」
少し伸びた坊主頭を撫でて、私の耳に近づいて
「冬、悪りいな?ごめんな」
と、みやに聞こえないぐらいの声で話す。お腹の方でずしんと重たいものが響いて、重力が2倍3倍になったみたいに感じる。
彼の後ろで、みやは私が博士と家を出た日と同じ顔をしていた。同じ顔で私を見ていた。
けど私は今日一日、笑顔でいると決めたのだ。事を荒立てず、何より、みやを救うことが優先なのだから。
晃君は顔を上げて
「だから、つるぎには知っておいてほしいっつーか」
「昨日、つるどこ行ってたの?探したんだよ」
みやが口を開く。少しだけ怒って、本当に心配してくれているみたいに。
「いや、ていうかそれがマジで本題。昨日俺ら避難訓練に巻き込まれてさ。テロ!?って感じ」
「本当心配した…つるのことずっと考えてたんだよ」
みやは語気荒く私を責め立てる。良く動く彼女のマスクを見て、昨日のキスを思い出す。
「…忘れ物無かったから。みや、これ…」
と、ポケットからリップクリームを取り出す。
「何これ?」
「家にあったの、小っちゃい頃みやに借りたままだったし…」
みやは手に取って、ふーん?といった表情でポケットに放る。
「それよりさ」
それよりさ、か。
「玖想図肆参って知らない?三年の」
ドキリ、胸が締め付けられる。彼女からその名前を聞くとは思いもよらなかった。
「いや昨日な?避難訓練に参加してんのちょっとだけ見た気がすんだよ。で、友達に聞いたらマジ可愛くてさ…」
と、みやの睨みに気づいて、蛇を前にしたカエルのようになる光平君。仲良さそう で、何より。
「あたしらの「これ」、何か知ってんじゃないのかなって」
「…どうして?」
光平君をちらりと見る。『大丈夫、つるのことも話した』と、みや。
「つるに前話したじゃん?それで、その後よく玖想図って子とよくいるのを見たって。だから、もし何か知ってるならね、紹介してほしい」
「同じ悩み抱えたもん同士なんだしさ、協力しあおうよ!」と晃君。
しかし、これはいけなかった。博士が言っていたのは、もし玖想図の秘密に気づいたならばその人はどこか遠い国へ行ってしまうとのこと。外国か、日本のお国的なことかは知らないが。
「あの子は、何もしらないと思う」
嘘ではない。たぶん、詳しいことは何も。
「つる、何か隠してない?」
と訝しげな表情のみや。こんなところで親友の能力を発揮してくれるなよ。
「嫌、もし俺のことで情報渋ってんなら、謝る!だから教えてやってくれ!」
晃君に頭を下げられる。けど、困る。私が望んでるのは、そういうルートじゃないんだよ。
「晃君。話が…」
「でもつるの気持ちなんとなく分かるよ」
六畳みやが窓の外を眺めながら、語る。
「前、話したことあるよ。不愛想で偏見って感じ。こっちのこと吹部って知ってて『騒音だからやめてほしい』とか。ちょっと難ありだよね」
「あ、そういう人なの?」
「いや…」
たしかに周りから見える彼女って、悪態凄いし他人に嫌悪感丸出しの子だし、口から出る毒はテトロドトキシン並みだし人権とか国連条約とか完全無視にやっちゃう人なんだけどさ。実はね、彼女は学校の影に潜んで、みやみたいな呪われちゃった子を30年も救ってる大ベテランなんだよ。ゴルゴ13とかルパン三世なみに強くて、たまにやりすぎちゃうこともあるけど、基本愛される狂犬キャラで…。
とは言えず、『ハハ…』と笑って誤魔化す。いかん、笑顔笑顔。
と、彼女たちの後ろから、見覚えのある顔が歩いてくる。手を上げて、にこやかな顔で。
博士だった。相変わらず身長に見合わない白衣を着ている。
「朝川晃君?ちょっと話があるんだけど、保健室まで来てくれない?」
「あ?嫌、今大事なハナシなんすよ…」
「あ、あの困ります!晃君と話したくて…!」
「つる?」
博士と晃君が言い合っている裏で、みやが私の言葉を遮るように割って入ってくる。
「冬の話って本当?」
「…なんて聞いてるの?」
「つるがこいつに…迫ったって」
「みやはそれ、信じてるの?」
「分かんないから聞いてんじゃん!!」
みやが聞いたことの無い声で怒る。声を振り上げる。なんだか、今日はみやの知らない、知りたくないような所まで見えてくる。
「…つるが冬にすっごく長く休んで。唇も無くなって。私、誰に頼っていいか分かんなかったんだよ…?光平が助けてくれた…」
「…私は…唇の事なら、頼ってほしかったな…」
「意味わかんない!晃の話があって信じられるわけないじゃんつるのこと!」
みやの目に涙が浮かぶ。声の大きさに人が集まってきて、みんなが、光平君と博士までもが私たちの会話を聞いている。
「…そっか…ごめんね…?」
「謝ってほしいんじゃないの…晃も、みやも、同じくらい大事な友達だから…どっち信じていいか分かんないの…」
同じくらい、か。
今だけは博士の言葉を借りて、レイプするような奴と。
「…ねぇ、謝って?晃に…」
「…は?」
「晃も許すって言ってたよ…私だって、つるとモヤモヤしたまんまは嫌だよ…」
謝る?私が?私のこと、信じてるんじゃないの?
「…私のこと、信じてるんじゃないの…?」
自分でも、思ってる言葉が口に出たとは思わない。ただ、小さすぎて、みやの泣き声に掠れて、誰の耳にも届かない。
ただ、私の胸には、しっかりと突き刺さる。
「晃!」と呼んで、みやが彼の袖を引っ張る。光平君が手のひらを、制服のズボンで拭っている。
「ごめんなさいの仲直りするの。握手!」
ガンガンと、強い風が雪をまとって、窓を叩いている。
ここは海風が強いから、きっとそれだろうな。
晃君が手を差し出して、照れくさそうに笑う。
周りの人たちは何が何やらで分からないが、とにかく仲直りしそうでよかった、と暖かい視線を送ってくれている。周りの人たちは何一つ分かってないのに、とにかく丸く収まりそうでよかった、と和やかな視線で私たちを見ている。何も知らないくせに周りの人たちは周りの雰囲気に乗っかっただけで、とりあえず間違っていない視線を送りつけてくる。
まぁ、いいかも。だってこんな雰囲気で「あなたの恋人を僕にください」なんて言えないもんな。ここはとりあえず流されて、握手で唇を取り返せばいいではないか。晃君をNTRするのは、その後でもよかろう?そうだ、何も一気に事を運ぶことはないじゃないか。二兎を追うものは一兎をも得ずとは、誰の言葉だったかな?孫正義?
とりあえず、親友の私なんかまったく、一ミリもみやが信じてくれてないことが分かった。それは寂しいな。
とりあえず、親友の私なんかまったく、一ミリもみやが信じてくれてないことが分かった。寂しいな。
とりあえず、親友の私なんかまったく、一ミリもみやが信じてくれてないことが分かった。すごく、すごく寂しいな。
家が隣なだけの女だもんな。
そいつも、家が隣なだけの男だけどな。
いかんいかん、今日一日は笑顔でいると決めたじゃないか。口が張り裂けるぐらいの満面の笑みでいると決めたじゃないか。
みやが私の手を引っ張って、晃君とがっちんこさせようとしている。おっとっと、落ち着きなさいよお嬢さん。
とりあえず、もう一度、とりあえずもう一度聞いてみていいかな?
「みやは、私のこと、今でも友達って思ってる?」
みやは首を傾げて。
「親友だよ?」
「私と晃君、どっちが大切?」
ちょっと、意地悪だったかな?
と、みやは一瞬目を逸らして、間をおいて、こう答える。
「…親友!」
満面の、作り笑いで。
その時、自分がどんな表情していたのか思い出せない。
確かなのは、後ろから悲鳴が聞こえてきて。
『クチビルさん』が生徒を食べたり壁に摺りつけたりして、走ってきたこと。
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