第20話
酷い顔を直すため、自分至上最大の魅力を整えるために次の日も学校を休んだ。
父も母ももう何も言わなかったが、心配してくれていることだけはひしひしと伝わってくる。大丈夫、今日で終わりにするから。
雪は少しだけ勢いを弱め、町はいつも通りに白かった。今日がなんでも無い日のように振舞っている。
最初、三月なのに雪が降った日はみんな大騒ぎしていたが、今では誰も気に留めることはない。今みんなが意識を集中しているのは足の裏だけで、みんなの前で滑って転んでこっぴどく赤っ恥を書かないよう、誰も彼もが努めて歩く。あ、ほらサラリーマン転んだ。
ただどうせ、転んだ事さえもいつかは忘れてしまう。あれほど死にたいと汗を掻いて流した恥も、なぜあんなに恨んでいたのかといつの日か思うだろう。いずれ白く、柔らかくなって、融けてなくなる。
だから今日の事も、いつか忘れてくれる。みやも、私も。それでいいのだ。
急な上り坂を顔面スレスレになるくらい上半身傾けて登って、学校に着く。
中央階段は相変わらず規制線が張っていて、この前私が歩いた場所だけが埃に縁どられて足跡を残していた。テープをくぐり、埃の跡をかき消すように一段一段登っていく。
踊り場に着くと、階段の隅に何か転がっていた。
ゴミかと思ったら、神子あいだった。
一瞬死体かと思って、ギョッとする。階段に頭を乗せ、踊り場に斜めに差し掛かるように倒れていた。何日動いていないのだろう、肩には埃が溜まっている。目は半開きで、肩が微かに上下しているので、口から涎が垂れてはいるが自分の意思で呼吸をしているらしかった。私の存在には、気づいていない様。頬はげっそりと痩せこけ、指の先だけがぴくぴくと一定のリズムで床を叩いている。頭の中で、音楽のレッスンでもしているのだろうか。見上げたアイドルである。
窓が開いていないのに、蓋を開けた水筒が地面に置かれている。その底にも、埃が溜まっている。
あの日、逃げて、生き延びていたのだ。けれど、疲弊と疲労に加え食料も水もなく、彼女はここで体力を温存するために最低限動かないことを決めたのだろう。私か、他の助けが来ると信じて。
「…」
でも、ごめん。私は忘れることにしたのだ。忘れることを、したかった。
彼女の体に触れないよう跨いで、上へと上がっていく。彼女の辺りに、小さなお菓子の袋が転がっているのが見えた。誰かが置いていったのだろうか。これだけは、と思って、恐る恐る手を伸ばし、菓子袋の包装を解いて、また同じところに置く。
放る、という表現の方が正しかったかもしれない。私は、その場から逃げ出してしまった。中身がこぼれてしまっていないだろうか、ごめん。ごめんね。
三段飛ばしで階段を駆け上る。もう、振り返らなかった。
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