第15話
外に出ると雪は止んでいて、博士は「なんで夜だけ雪が降るんだろう」と呟く。
そんなことは私には分からないので「どうでしょうね」と一応の反応で沈黙を先延ばしにして、後は融けかけた雪を踏みしめてコンビニへ向かう。六畳みやの部屋には明かりが点いていたが、朝川光平の部屋は相変わらず暗く、まだ帰っていないみたいだった。晃君の家からみやの家の門に続く足跡が嫌で、ブルドーザーみたく長靴の腹を使って積もった履歴を根こそぎ掻きとっていく。
「ファッションには興味ないのか?」
「コンビニすぐそこだし」
「元運動部女子なんだものな」
それは悪口か?
確かに黒ゴムの長靴なんて履いて、しかも上下学校ジャージで外を歩く女子はいないだろう。間違ってはいないので反論しない。
私のファッション成長期を人生グラフにするならば六畳みやとの出会いをピークに、それ以前が「ある程度オシャレ」で、それ以降は「壊滅的」といった所か。今では毎日、女子高校生の基準以下を停滞しキープしている。小さい頃は胸が大きいというだけで男子の視線が注がれるのがとても気持ち悪く感じて、体のラインが出ないような服を母親に頼んで買ってもらっていたからファッションに関しては年相応以上のものがあったというだけの話で、運動部というだけで休日も学校終わりもジャージでいても何も言われないという利点に溺れてこういうちょっとした外出時も上下ジャージを決めてしまうほど、恥知らずになってしまっているという自覚はある。単色で何の模様もないから、胸も目立たなくて楽なのだ。
昼に毛布を背負って入店したコンビニは、仕事帰りのサラリーマンや部活終わりの女子高生が数名いるだけで閑散としている。一応お泊りということだが家にはお菓子も夜食も何も用意がないので、父と母が買出しに行ってこいと私に命令したのだ。部屋で食べるだろうお前の夕食代、として千円渡されたけれど、父も母もそれほど稼ぎのいい方ではないので、せっかく料理を作ってくれたのにそれを彼らの前で食べてあげられないという罪悪感がある。頭が悪くて私立を選ばざるを得なかった時も、金のことは心配するなと言ってくれた自慢の親。…まぁ、外に見せてないだけで不満も多いだろうから、男女に少なからざる多少のことは許してやろう。
博士は店に入るなり、菓子を片端から買い物かごにぶち込んでいく。頭が良く回る人はああやって糖分を補給するんだろうし、会計は別なので放っておく。炭酸飲料とお握り2個、レジ横の値引きシールが張られた総菜を選び取って、会計へ。すると博士は横から割り込んできて
「これも。あ、あと43番」
たばこの棚を指さして「手ぶらで来たからあとは頼む」と言い残し、外へぷらーっと出て行ってしまう。お前なぁ。
さっき会った曰くありげなお兄さんが、何か同情した目でこちらを見てくる。違うんです、あんなのは別に彼氏でも何でもない、ただの野生のサド野郎なんです。
さすがにたばこは未成年なので買えず、ごめんなさいと深々礼をしながら店を出、訳を話す。すると、
「僕がタバコを吸おうが何しようが誰にも迷惑掛けてないじゃないか!関係ないだろお前らには!あ!?」
といきなりブチ切れてコンビニの壁を蹴りながら叫びだす。てかお前私の部屋でタバコ吸う気か?
「潰すぞこんな店!潰すぞ!」
まともな非行少年みたいな台詞を吐き散らす彼を慌てて羽交い絞めにし、ズリズリ引きづっていく途中で、店内のお兄さんがオレンジ色のボールを持ちながらこちらの様子を窺っているのが見えた。断言するが、この店にこれより酷い客はもう来ないから安心していいと思う。
帰り道、
「だからこの体は嫌いなんだ…」
とブツブツ言いながら、ショッピングセンターに来て帰りたくないと駄々をこねる子供のように、博士は唇を尖らせる。
「お金、ちゃんと後でくださいね」
「自分で歩くよ」
遅いよ…。コンビニから100mくらいは、彼を引きずった轍が深々と刻まれて伸びている。博士は私からコンビニの袋を取り返すと、
「ほら、これ」
「何?」
と言って中に入っていた何か四角くて薄い箱のようなものを私に投げる。
「お父さんとお母さんに」
「…」
「いだいっ」
普通に初めて人を殴った。
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