第13話

 六畳みやはクラスで友達と談笑していた。昨日の今日だから、何かあの博士にしこまれていないだろうかと心配したが、笑顔を見ればそんな心配は杞憂だった。


「つる」


 こちらに気づいたみやが、周りの目を窺いながら小走りで駆け寄ってくる。

「?」

「授業、ちゃんと出てる?ウワサになってるよ」

「…なんか出る気になれなくてさ」


 結局さっきのチャイムの後は、家に走って戻り、毛布を抱えて学校までやってきた。途中コンビニで弁当やらお菓子やらドリンクやらを買うときの店員の視線が痛かった。同じくらい若い人で、多分高校行ってない人だから事情を察してくれたのか、何も特に通報するとかは無くてよかった。傍目から見れば確かに、学校行ってない女子高校生どころか、布団ごと家出した毛布大好き二宮金次郎ライクな少女だものな。

息を切らせて中央階段へ戻ったとき、神子あいも若干引いていた。

 再び教室。みやが顔を近づけると、小声で


「辛いのは分かるけど、…普通にしてなきゃバレちゃうよ」


 と忠告してくれる。夜の孤独など微塵も見せない、やはり強い六畳みやだった。

汗を拭い、みやの後ろの教室を見回す。「彼」は来ていない。


「…?どうした?」

「…あー、晃君、今日いる?」

「朝川?今日は…来てないけど」

 

 博士、お前ちゃんと戻したんだろうな?


「…あれ、みや、晃君のこと名字で呼んでたっけ」

「…ん、あー…ちょっとね」

 

 その返答で、あ、聞かなければ良かったなと後悔する。

 手を伸ばし、少し短めに切った彼女の髪を手で払う。あ、髪切ったんだ。今気づく、前は、もっとずっとちゃんと見ていたのに。

「?」という顔の六畳みやが、どれほど健気で強いかが分かる。

 だって、好きだったんだものな。


「いや、なんでも」

「…ねぇ、つるは朝川のこと、ちゃんと嫌い?」


 ちゃんとか。ちゃんと嫌いなのだろうか。そもそも嫌い、なのだろうか。嫌いでいるために努力はしている気がする。許せないことをされて、許せない気持ちを忘れかけている。


「…分かんない」


 本心を言ったつもりだった。だけどその返答は、彼女の心を満たすものでは無かったらしい。


「…そっか」


 今日、朝川晃の家に行ってみよう。六畳みやにそんな顔をさせるのは、もう終わりにしなければならない。

 ふと、一応、なのだが。犯人捜しとかいう意味ではなく、確認という意味で。


「みや、握手しよう」

「…えー?何で?いいよ」

「みやの手を握りたい」


 クラス中の視線が、こちらに集まるのが分かる。


「駄目?」

「…え…いや…別に…」

 

 みやは困惑しているようだった。


「…手、ベトベトだから。ちょっと待ってて」


 みやは自分の席へ走っていき、ウェットティッシュでゴシゴシと手を拭い始める。周りの友達にからかわれて、すこし赤面しながら。

 …あれ、すごい気持ち悪いこと言った気がする。


「みやの手を握りたい」


 いや、限りなく気持ち悪いな。何言ってんだこいつ。しかも結構なイケボが教室に響いて、衆人環視が突き刺さるほど痛い。

 始業のチャイムが鳴り、生徒たちが席につき始める。


「みやの手を握りたい」


 小石ぐらいの違和感が鼓膜の中でめっちゃバウンドしてる。やばい、めっちゃ恥ずかしい。死にたい。もっと言い方あったろうに!

 廊下を授業受け持ちの教師が歩いてくる。前からも後ろからも見られている、確実に。

 みやはウェットティッシュを机の上に放って、今にもこっちに走ってくる。やばい、こんなみんなに見られながら拍手って意味深すぎない?


「ご、ごめんっ、やっぱいいっ」


 あらん限りの声で叫んで、断末魔を上げてその場から走り去る。

 ぽかんとしたみやが、こっちを目線で追っているのが分かる。

 違う、違うんだよ、いや何も違わないですごめんなさい。少しでもみやを疑った、これが自分の罰なのだ。

 教師がすれ違い際になにか言ってきたような気がしたが、そんなの構わずに走って階段を降りていく。

 不良まっしぐらコースである。

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