第12話

 夜は眠れなかった。窓の外、六畳みやが部屋の明かりを着けている時は漏れる光ですぐに分かる。でも今日分かったことのすべては、とても恐ろしくて彼女に告げることはできない。

 あなたか私の唇は、もう二度と戻ってこないかもしれませんよーーなんて。

 『クチビルさん』が次いつ現れるのか、予想もつかない。だからあまり悠長にはしていられないよ。

 そう博士は語った。確かにそれは真実なのだろう。ただ、だからと言って玖想図と供花の二人を「助けてくれる優しい人」だなんて割り切れれば、どれだけ楽だろうか。

 

 時々、窓の向こうから掠れた音色が聞こえてくる。みやがクラリネットを吹こうと試しているんだろう。それは本当に弱弱しくて、ただ本当に稀に、乱暴で研ぎ澄まされた一瞬の音が聞こえてくる。顔を見なくても、今何を感じて、何を感じまいとしているのか、分かる。

 次の朝、学校を出る時に、リビングでは「神子あい失踪事件」のニュースがやっていた。

 両親のスキャンダルからこの町に引っ越してきた神子あいだが、転校初日に行方不明となり、先日ようやく田舎へ一緒に出てきた母親が捜索願を出したのだという。目撃証言が乏しく、加えて黒い噂の絶えない学園の中での失踪。「神隠し」という言葉も頻繁に取り上げられ、学園の由来をニュースキャスターがいかにも深刻そうな顔をして取り上げていた。そしてその報道では、先日の神子結衣の事故も言及されていた。


「事件を目撃した生徒の口コミなんですが少女の死体にはですね、唇が無かった、という話なんです。学園内ではですね最近になって『クチビルさん』という怪談が流行っていて…」


 死体、という乾燥した言葉が嫌で、リモコンを取る。ただ人の関心を煽るような文言が、鬱陶しくてしょうがない。


「回すんなら昨日のアニメにしてくれ」


 と、言ってくれる父親。用意してくれたお弁当箱をリュックに詰めながら、ありがとう、と視線を投げ返す。

 ただ、3人いてくれて良かったと、思う自分もいた。それが申し訳なくて、私は逃げるように家を出る。


 学校へ続く坂道には報道陣が押しかけ、生徒や車が前へ進まず溜まっていた。光平君とみやの姿を探すが見当たらず、マイクを持ったリポーターの質問を俯きがちに避けながら、学校の正門へと辿り着く。私も、あの人たちと変わらないんじゃないだろうか。

 校内はやけに静かだった。まだ坂の下でほとんどの生徒は渋滞しているらしく、その処理へ向かう教師たちがパーカーや上着を来ながら学校を飛び出していく。


「お前ら教室で待ってろ!」


 どうやら授業開始は長引きそうだった。靴を履き、ふと、1年から3年までの靴箱を見て回る。「供花一基」という名前は見当たらなかった。偽名なのかもしれないし、それも当然のことだろう。彼の言葉を借りれば、玖想図肆参は実働部隊で、彼はデスクワーカーなのだ。

 今はあの廃校で寝泊まりしていると彼は言った。本来なら中央階段を登った先にある、時計塔裏の小部屋で寝食を送っているのだが、どれだけ階段を登っても登っても辿り着けないのだと。埃っぽくて臭いんだよなー、と口を尖らせて呟いていた。

 神子あいの、呪い。規制線を張ったのは博士たちだった。

 これ以上失踪者を出されても困るという私立学校の評判を常に考える経営陣はそりゃごもっともで、教師陣への教育(?)は行き届いているらしく、よっぽどの不良でもなければ簡単にルールを破る非行者などこの学校にはいないらしい。というか、不良はそもそもどこにいるのか分からないから不良なのであって、すでに何人か失踪していても不思議ではないのだろうが、この私立の学園はそういう不良をわざわざ探してやるほど親切ではない。即、退学。父と母が土下座をして無理やり学校に行かせた理由も分かる。高校三年生になって違う高校に転入するのは確かにハードゲームだろうし。

 どうやら、私の考えているよりももっと大きな力が、この学校の裏にはあるらしい。

 供花一基はこうも言っていた。「呪い」の掛かったものには副作用がある、その曰くに関連した、とても小さな小さな異能。


「異能ってなんですか?」

「ミニ超能力みたいなものだよ。ミニだから超ではないのかな?君のは分かんないけど、『口が臭くなる』とかじゃないといいね」


 …冗談じゃないが、今の所自分では分からなかった。彼によると異能は呪いが解けた後も消えずに残る、痣のようなものらしい。まぁ、今はこの呪いを解くことだけに集中するべきだ。

 もし、私の唇が戻っても。もし、みやの唇が戻っても。その時はその時だ。

 規制線の下をくぐり、中央階段を上っていく。


 神子あいは、3階相当上った先の踊り場で寒そうにして眠っていた。

 暖房のついた校舎とは思えないほど寒く、採光窓はまたいつものように開いていた。そこから、ちらちらと降り注ぐ雪が彼女の肌に融けては消えていく。寝ている足元には前と同じように水筒が蓋を開けて置かれていて、その中には雀の涙ほども溜まってはいなかったが、神子あいは水分の補給を最優先としたらしかった。

 やや頬がげっそりとして、前よりも血の気が薄くなっている。神隠しにあって、今日を数えれば5日目。何も食べず、雪解け水ばかりを飲んでいるのだとしたら、生きていることさえ奇跡だと思った。

 もしかしたら、と思って体をさする。小さい彼女の体には、肉が詰まっていないのだろうかと心配になるくらい、重さが無かった。


「…ん、んん…」


 紫色になった唇から微かに声が漏れる。まだ、生きている。

 来ていたコートを彼女の上にかぶせ、リュックサックからお弁当を取り出す。鼻をぴくぴくさせて、力なく、神子あいは起き上がる。

 私を見て驚いたらしく、急に後ずさりして壁に頭をぶつける。


「~~っ痛ッ~~!!」


 悶絶する彼女にお弁当を差し出すと、彼女は上目遣いでこちらの様子を窺ってくる。そして、


「…あの、水筒キックさん、ですよね?」


 その節は本当に、申し訳ない。


「人間、恥を掻き捨てれば案外雪でも生きていけるんですね!でも鶴首さんに水筒蹴られた時は死ぬかと思いました!あれ貯めるのに2日待ったんですからね!でもこのお弁当美味しかったです!ご馳走様でした!!」


 弁当をぺろりと平らげて、満面の笑みで神子あいは感謝の言葉を口にした。半透明の水筒を手に取り、一気に飲み干す姿は豪快だ。飲み切って物足りないのだろうか、私のリュックサックに刺さったスポーツドリンクのペットボトルをちらと見て、少し赤面しながら、


「それ…」

「いいよ」

「ありがとうございます!」


 ぺこりとお辞儀をして500mlのペットボトルを口にあてると、ぐいと逆さまにして、容器の中にあった液体を一瞬の内に喉の奥に押し込んでしまう。


「ぷはーっ!美味しかったです!本当にありがとうございました!」


 今時「ぷはーっ」なんて台詞はアクエリアスかポカリのCMか、はたまたフィクションの中だけのものかと思っていたが、彼女が言うとサマになる。どんなに田舎へ引っ込んでも、さすがは元アイドルといったところか。


「ぷはーっなんて言ったのはアクエリのCM以来です!」


 …さすがは、元アイドル。


「困ってたんです。友達が出来たら食べようと思ってたお菓子もほんのちょっとだったし、お姉ちゃんはどっかいっちゃうし、ここの階段、下に行っても上に行ってもおんなじ階に戻ってきちゃうんですよ」

「この前はごめんね。ちょっと、苛々してて」

「あれは彼女さんですか?」


 え?と考える。あれ、というのは誰のことだろう。


「マスクを着けてた大人しめの女の子さんです!鶴首さん、涙ながらにすごい抱きしめてたじゃないですかっ。痴情のもつ煮込みですかっ?もしくは略奪愛!?」

「マスクの…」


 と、思い当たる。六畳みやに、私確かに抱きついていた。しかもめっちゃ泣いてた。『視界の端に……』とかカッコつけてたけど、うわ、めっちゃ見られてた。あれ略奪愛とか思われてたんだ、恥ずかしい。熱い。


「ち、違う。みやはそんなんじゃなくて…」

「エッチ、ハレンチは学校の禁忌だってお姉ちゃんが言ってました。ダブル犯してる鶴首さんは半グレさんですね!かっこいいです!」

「エッチもハレンチもしてない!!!!!」

授業をサボったりとかは、確かに不良と言えるかもしれないが。てか半グレて。

「えー?だって鶴首さん恋する乙女の表情でしたよ?名だたる俳優さんとお仕事してきましたがあれだけの表情、プロの私でも難しいんですよ?もしや女優、やられてます?」

「やられてない」


 ふり絞って、バクバクする心臓を縛りながら声をふり絞る。あ、今ふり絞る2回言った。ち、違う。この方面の話をしたかった訳では…。


「て、ていうか、ちゃんと謝りたくて。あの時、というか今も、神子ちゃんと同じようなことで病んでたから…」

「別にいいです!確かに困ってしまいましたが、人生は全部闇みたいなものですから!」


 え、病んでない?実はめっちゃ怒ってないか?達観してるというより、この子、ただ単に闇が深いだけなのでは…。


「人はどうせみんな死ぬ動物ですから!」


怖っ。


「だから、他人に迷惑を掛けて生きることは普通のことなんですよ?ただ、その普通の有難さに気づいているかどうかで命の尊さは決まってきます。恋をするのは仕方ないことなんです!迷惑を掛けてでも、諦めきれない感情を失った瞬間から、人は尊くなくなってしまいますからね。尊くない鶴首さん?それで、今も困ってるっていうのは…」

「すみませんっ!!今恋をしていますっ!!」

死ぬときは生きている間の罪なんてフォローされずに地獄へ行きたい。

「冗談です!」


 この子やっぱり悪魔か?アイドルってそういうものなの?


「今も困ってるっていうのはどういうことなんすか?私と同じ、って?」

「台詞が書き言葉臭いよ」

「アイドルですから、職業病ですねー」


 はぁ、とため息をついて


「…」


 マスクをめくって見せる。神子あいは1秒より短い時間で眉をぴくつかせただけで、後は表情を変えずニコニコしている。


「君、本当に高校1年生?」

「アイドルですからねー。どんな人相手でも、私から出る情報の全てをコントロールしなくちゃいけないんです。そうですか、鶴首さんが私の会ったのも、何かの縁というわけですね。それで鶴首さんは呪いの解き方というものは、見当がついているのですか?」


 話が早くて助かる。


「…呪いを掛けた人と、キスする」

「それで私の所に来たのは、私を疑ってるからですかね?ほら、私水筒シュートされて動機ならありますし」

「…いや、その節は本当にすみませんでした…」

「してみますか?」

「え?」

「呪いを解く方法です」


 と、言って。神子あいは背を起こし私の顔に顔をぬうっと近づける。

 え、いい匂いがする。本当は毎晩抜け出して、お風呂とか入りにいってないかこの子?ていうか年下だよな?

 鼻と鼻が触れそうなぐらいになって、今日の朝、もっと真面目に歯を磨いてこなかったことを後悔する。


「緊張してる?」


 彼女の優しい言葉とともに、吐息が肌に触れる。

 指と指、手と手を絡ませてくる。この時点でもはや「接触」という条件は満たしている。

「あっ、あのですねっ…キスっていうのは、唇がどこからどこまでかっていう話で…っ」

「気持ちいいキスの仕方なら、知ってるよ」

「…っ!」


 私の胸より背の低い少女が、上体を傾けて唇を近づけてくる。

 背が壁にあたり、逃げ場が無いことを知る。もぞもぞと地面を擦る私の足を、彼女は人差し指で優しく辿る。


「大丈夫、任せて…?」


 それで、額と額がくっつき合う、その瞬間。


「うっ」


 嗚咽が、こみ上げてくる。


「うっ、おええええっ…」


 ろくに朝、何も食べずに家を出てきてよかったと心から思う。胃酸が逆流し、手で抑えた口の中に酸っぱいものがこみ上げてくる。

思い出してしまった、あの、冬の日の感触。

骨を押し当てられる、征服される恐怖。


「おっ、おえええっ…」


 吐き出すものが無いのに、内臓からひっくり返る感触がお腹の中でゴワゴワと鳴り響く。

 気持ち悪い、思い出す。背中の冷たさも、汗臭いニオイも。全部が蘇ってくる。


「ごっ、ごえんああいっ…」


 ぼろぼろと流れる涙を止めようとするが、上手く息が出来なくて、しゃっくりしてしまう。


「いっ、いっ、ごえっ、なあいっ」

 

 これから一生、まともなキスも出来ない体になってしまったのか。私は。

神子あいに精一杯謝罪する。心から。だってもっとドキドキして、胸が苦しくなるようなキッカケをくれたのに。

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。


「ごめんね。辛いことがあったんだね」


 神子あいは優しく背中をさすってくれる。私は手で口を抑えてぼろぼろ泣きながら、必死に頭を下げる。


「ごめんね。大丈夫だよ…ごめんね…」


 あーあ。大人気アイドルに、みっともない涙を二度も見せてしまった。

 それから、神子あいは背伸びして窓を閉めると、二人で並んで一緒のコートに包まっていた。

 さすがにこんなママ活(?)みたいなことさせてる罪悪感を感じられるぐらいには回復してきて、ありがとうを言って、また元の位置に戻る。

アイドルという職業は、もっと辛いことも乗り越えるんだろう。彼女の懐の深さに感心せざるを得なかった。


「ごめんね?ちょっと揶揄おうって思ったんですけど」

「こちらこそ…いえ、もういいんです。それで、」


 それで、一番聞きたかったことは。本題に戻る。


「それで神子さんは、玖想図肆参って子、知ってる?」


 玖想図肆参。呪いで機械の体となり、学校に閉じ込められた女の子。博士によれば神子あいは、玖想図肆参を呪った5人のうちの一人。よみさんの持っていた端末の画面も、神子あいのものだった。


「くそうず、さんですか?」


 神子あいは顎に手をやって数秒考えこむが、


「いえ、存じ上げませんね…その方はどういうお方なんですか?」


 そう言って首を傾げる。


「え、っとね。漢字を見れば分かるかもしれない。えーとね、うーんとね」

「…思い出せませんか?」

 

 ノートを取り出して、シャーペンをノックし一文字目を書こうとする。が、あいにくの低知能ぶりというか、一文字目すら分からないのだった。頭が悪いことを遠回しに、自分より年下の女の子にフォローされてしまう。悲しい。


「私が知っている「くそうず」なら…」


 と言って、神子あいは私の手からペンを抜き取って、さらさらと書き込んでいく。


「九相図」


「これじゃないですかね、クイズ番組で見たことがあります。確か、女の人の亡骸が腐っていく様を描いたものだとか…」

「すごいなぁ」


 と、アホ丸出しのリアクションを取ってしまう。神子あいは褒められて少し照れたのか、前髪をいじっている。


「そんなことないですけど…なんか照れますね。ワッショイって感じじゃないですもん」


 単に頭が悪いのも、アイドルの真の微笑みを見れるなら安いものかもしれない。


「でも酷い名前ですね。こんなの、女の子につける名前じゃないですよ。親も親です。もっとまともな名字の人と籍を入れるべきでしたね」

さすが、親の都合に振り回された子供って奴は、物の考え方が容赦ないというか…。

「でもね、これじゃなくて…」


 と、今度は神子あいからペンを受け取って、足りない部分を書き足していく。


『玖想図』


「で、くそうずって読むの」

「心が、真ん中に入りました。画竜点睛って感じですね」

「?三国無双的な?」

「?」

「?」

「あ…いえ、やっぱいいです。あの、可愛くなりましたね!一気に…名前が!」

「ソウダネ」


 心が入ってあれなら、そんなもの無かった方が逆にマシだったかもしれない。てか、アンドロイドって普通、悪態とかジョークを交えつつも人間とは好意を深めていくみたいな、そういう存在なんじゃないの?家にあるやつでは少なくともーー。

と、思いかけて、おっとっと、これは本題ではない。


「…えっとそんで、下の名字は漢数字の4と3で、よみ。玖想図肆参」

『よみ』という語句を聞いて、神子あいはぴくりと反応する。

「よみ、ですか」

「そう、知ってる?私も今、その人に助けてもらってて…」

「そう、九相図…道理で…」


 神子あいは眉間にしわをよせて、過去の渋い思い出に触れているらしかった。


「…それなら、私知っているかもしれません。名前は違いますけど。機械の、少女ですよね?」

「…!そう」

「…そう、まだやってたんだ…」


 博士は、神子あいが玖相図肆参を呪ったうちの一人だと言っていた。昨日、鳥居をくぐることの出来なかった玖相図肆参のあの表情を、いくら自分に余裕がないとはいえ、あの強烈な印象を忘れることは出来ない。


「私が知ってるのは、『焼相肆参』って名前です。私がこの学校にいた頃、4年前ですか。まだ…2年生でした」

「?」

「九相図の第9層の名前、そのまんまです。あの博士のことだから、九相全部が終わったあとのことなんて考えてなかったんでしょうね…そっか九相図、なんて安直な…」

「え?」

「今の鶴首さんと立ち位置は似てるかもですね。学校で呪いを解決するアシスタントとして、彼女に付き添って行動してたんです」

「いや、ちょっと待って」

「?」


 4年前?2年生だった?どういうことなのかイマイチ釈然としない。だって今、神子あいは高校1年生の筈。


「…鶴首さん、ニュースとか見ます?」

「いや、アニメ見るって時に、ちらっと見るぐらいで…」

やっぱり、という顔をする。

「私、高校5留してるんですよ。詳しくは3留と2休。つるぎさんがストレートなら、私、多分年上ですけどね」

 

 似合わない言葉を吐く。目の前の、自分より発育のだいぶ遅れた少女が、5留?普通に考えて、5歳年上?まっさかぁー。


「運転証見ます?」

「見たくない!そんなグロテスクなもの!」

「映画の撮影するのに取ったんです。でもやっぱり高校出たくって、ここの夜間にまた通い始めたんです」

「だっ…だって、そんなに小さいのに…」

「これですか?レッスンのしすぎで筋肉つけすぎちゃって、身長140ぐらいで止まっちゃったんです」

「ひゃくよっ…」

 

 開いた口が塞がらない。アイドルを売るためなら子供の生育までも犠牲にするのか。ていうか140センチの子供が乗れる車って何だよゴーカート?芸能業界、あまりにも黒すぎる。

 ……なら、ゆりかちゃんの言っていた目撃情報は。

 神子あいと神子結衣の喧嘩と神隠しは夜に起こったもので、きっと、目撃したのは部活帰りのうちの生徒の一人ということなのか。完全に騙された。というか夜間あったのかここ。あーだから、学食も夜まで開いているのはこのためでもあるんだろうか。


「で、でもお姉ちゃんは?神子ちゃん、お姉ちゃんいるよね?」

「お姉ちゃんはいませんけど…従妹なら、鶴首さんと同じ年で今高校3年生です。神子結衣っていう名前の」

イトコ、か。漢字で書けば一発なのだろうが、確かに読みは同じで、嘘は言っていない。

「お姉ちゃん、元気ですか?見たことあります?」


 と、神子あいは端末を取り出すが、電池切れで画面が点かない。


「…今度、バッテリー持ってくるよ」

「私は世界一可愛いですけど、お姉ちゃんは宇宙一可愛いですからねっ!」


 べっぴん、か。出来るなら、本物の姿を見たかったのだが。しかしこの口ぶりからして、彼女はきっと、昨日の事件のことなど知らないのだろう。少なくとも、彼女の呪いが解けるまでは知らせない方がいい。

 

 そうだね、と笑って見せる。


「玖想図、さんでしたっけ?鶴首さん、でもあまり、信用しない方がいいと思いますよ」

「え?」


 と、チャイムが鳴る。


「ここまでですかね。次来るとき、いっぱい食べ物持ってきてください!尽きぬ話の続きはまた、今度にしましょう」

「え、あ、うん。そのコート、使ってていいから!」


 多分私の背中が見えなくなるまで、彼女は慈しみの深いその笑顔を崩さない。

 昼休み、学食で両手いっぱいのパンを買ってもっていこう。明日は土曜日で、月曜日まで学校には来れない。授業を抜け出して、毛布を家から持ってくるべきだろうか?

 神子あいに、満点星ゆりか。

 平々凡々たる私という一般人には、出来すぎた友達。

 玖相図肆参はいったいどんな罪を犯せば、あれほどの聖人たちに人を憎む目をさせられるのだろう?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る