第6話
小学生の頃、六畳みやが大嫌いだった。今となってはどうしてなのか、どんなところを嫌いだったのか、細かいことはよく覚えていない。
隣の家の子で、活発に遊ぶ子供だった。同級生の男子以上に男勝りで、しょっちゅう男子と喧嘩しては傷をつけて帰っていた。腕っぷしが強く家に帰 るのはご飯を食べてお風呂に入って寝て、また次の日には学校か遊びに外へ出る。
あの頃はスポーツをやっていたのだろうが、特定のこれが趣味というものは無かったように思う。学校の規則で入れる部活は一つだけ、実績の欲しい部活の顧問たちは町のクラブ経由で助っ人として チームに呼んだり、一時的に今は言っている部活から抜けさせ、本人を呼んでは新しく入部届を書かせたりと大人げない事情に振りまわされていたん だろう。本人はそんな自覚もなく、カオスで楽しい日常を送っている感覚だったらしい。
それを私は、自分の家の窓から眺めていながら、疎ましいと感じていた。
当時の私は不登校児で、家で母の漫画や本、アニメや映画といった娯楽ばかりをたしなみ、世間でいわゆる「子供らしく」動き回る野生動物みたいな 同年代の子供たちを軽蔑するような人間だった。今考えれば子供は感情で動くようで理屈でしか納得しない生き物だから、六条みやは楽しさを追い求 めるという意味では合理的で、鶴首つるぎは不条理でマセた女の子だったのだろう。母が言うには屁理屈ばかりで、いつも唇の皮を食べては血を流 し、半開きの眼で世界を横目に見ているような、そういう少女だったのだと。
はじめは止むを得ぬ事情があった。病気に掛かりやすい体質だった私は、小学校1年も2年も学校を休みがちで、病院では人の輪から外れて漫 画を読んで空を眺めているだけで誰かが心配して、話しかけてくれた。自分から他人に話しかけることなど出来なかった。私は楽な方法を同年代 の誰よりも早く覚えて、味をしめて、その足で学校に初めて足を踏み入れた。
誰もが心配してくれた。私の読んでいる小難しい本に興味を絞りだし、中身の無い私の説法に耳を傾けた。けど多感な時期の子供たちにとって、何の 変化も刺激も見返りもない地蔵みたいな私は、次第に興味と同情の対象から逸れていった。子供は理屈で考えるから、そういう残酷なことが出来る。
でもこの件に関しては、私がただ話したいなら話したいと子供らしく言う、そういう態度が必要だったというだけのこと。 私が六畳みやに出会ったのは、そんな退屈な毎日を送っていた、小学校高学年の時だったろうか。彼女とは同じクラスだった。 音楽発表会でリコーダーの発表に向けて、クラス全員で練習をしていた。私はというと座学以外のほとんどの授業は体調不良を理由に保健室で読書 かゲームをやっていたような人間なのでそんな催し物があることも知らなかった。音楽の先生が産休を取って、担任が自習の時間を使って音楽発表 会の練習をしようとクラスメイトに告げた時に、はじめて自分用のリコーダーがあったことを知ったぐらいだった。
また休もうと思って帰ろうとしたとき、学級委員長と喧嘩になった。くだらない屁理屈に揚げ足取りで、見るに堪えない言葉の応酬。あの頃の私でも満点星ゆりかは気にかけてくれただろうか。
理屈からすれば、私がここで折れてみんなの仲間に入れば団結力が増すことは間違いなかった。けれど私は大人びていて最低の人間だった。ついに泣き出してしまった委員長はみんなに取り囲まれて、担任も、生徒も、みんなが私を見ていた。
その日、赤ちゃん以来の大泣きをしながら、走って帰った。
2階にある部屋の中で布団に包まって、この町を出るのに必要な準備と計画を頭の中で考えていた。小さなリュックサックとおやつのパンさえあれば、 あとは家を出るだけでどこへでも行けると信じていた。
夕暮れの窓。閉め切ったカーテンから染みだす夕陽を、最後になるだろうという感慨に耽りながら眺めていると、笛の声がしてくる。 下手な笛だった。悪魔でも呼んでいるのか、そうでもなければどうしてこんな笛の音を聞かなければいけないんだろう。 カーテンを開けると、その真正面の窓から顔を出して、リコーダーを吹いている一人の少女の姿があった。
「あれ、つるぎちゃん。なんでそこの窓にいるの?」
素っ頓狂な台詞。
「ね、今日すごかったねーっ!」
「すごい?」
どうして?私にとってはこんなに苦しい出来事だったのに。
「すごいよ!だって私もあんな練習したくなかったんだもん、私サッカーしたかったのに。つるぎちゃんってもっと暗いと思ってた!それってすごくな い!?」
手に持ったリコーダーを眺めて、鬱陶しそうにブンブン振りまわす。
「将来どうせこんなのやんないよ。つるぎちゃんもそう思うでしょ?」
「…利口なのは、多分吹くほうだよ」
「えぇー!?そうかなぁ」
「卒業まではあと1年以上あるし、今、一緒のクラスの人の大半は同じ中学行くし…変なことで恨まれたくないんなら、媚び売った方が…」
「コビってなに?」
「リコーダー吹く方が、楽ってこと」
「そっかぁー、楽かぁー。つるぎちゃんは頑張り屋だね」
「…リコーダー、下手だね」
「そうなのよー」
「知識しかないけど、抑え方ぐらいは知ってる」
「え!?ほんと?教えて!!」
「その代わり、なんだけど…
仲直りの方法を、教えてほしい。そういう利益不利益の関係から、始まった。
人生というものは分からなくて、その後リコーダーにハマったみやは吹奏楽部に入って音楽を続けて、去年は全国に行った。私はみやと遊びにいった 体育館で、バスケの面白さに目覚めた。意外と私が根暗な少女だったことは、私がバスケを始めた瞬間から忘れ去られて、世間の評判なんて外面し か見ていないのだと思った。
何のために、とか、誰のために、とか。そういうことを世界で唯一共有しているのが六畳みやだった。彼女にだけは嫌われたくないと思う。
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