第2話

 彼女はレンズを覗きながら同時に、鋭い視線の照準を私に合わせていた。殺意の銃弾があったなら今にも引き金を引きそうな顔をしていた。 こうして窓枠に寄り掛かりながら代り映えのしない景色を、何をするでもなく眺めているのはそのせいだった。

 金髪碧眼の美少女。私を足でどけ、椅子に座ってカメラマンがシャッターを切るまで教師がどれだけ悪態をつこうが何分頑として睨もうが、彼女は人形のように頑として動かなかった。窓から指す雲を通した弱弱しい光が、教室の中でゆっくりと循環するコンクリートの呼吸と巻きあげられる埃の粒子が、人が、すべてが彼女の美しさに縛られて口をつぐんだ。

 彼女の足元からはあのトイレの血だまりが広がっている。何かの犠牲が無ければそれほどまでに――どうしてそれほど美しいのか――と、信じられない。 危険だ。逃げなくちゃ。そう思っても、しかしいつ教室を出てくるか分からないあの子悪鬼に見られては、確実に。


「…」


 息をのむ。足を中央階段の方へ向け、腰を低く構える。その先は考えない。バスケットボール部元主将の意地。


「おい、ハト胸」


気が付くと、教室の入り口に少女が立っていた。


「…ハ、ハト胸って…」

「ケータイ出して」



 少女は無断で私のポケットに手を突っ込み、端末を取り出す。意地は消え失せて、私は直立不動の姿勢になる。教室の中から教師とカメラマンが心配そうにこちらを覗き込んでいる。目が合って助けを求めても大人の威厳のなさに失望するだけだった。

 少女は慣れない手つきで端末の操作を進めていく。時々舌打ちをするのが本当に怖い。メカアレルギーの人はどこにでもいるが、彼女は別だ。袖の下に何を隠し持っているのか、いつ癇癪を起すのか気が気でない。


「今日の放課後。学食」


 淡々と彼女が言い、ケータイをこちらに放る。私はとっさのことでつかみ損ねてしまい、地面に落とす。


「あの…許してください!私、誰にも言うつもりとかないから…ごめん!」


 少女の横を逃げるように走る。が、首根っこを捕まれ私の体は易々と宙に舞う。

首が締まる。体が地面に叩きつけられ、苦しくなって咳き込む。


「誰がその臭い口を信用するって?」


 感情を押し殺した冷たい声が、私の喉元の悲鳴を突き刺す。

 少女は去り際にさりげなく私の体を蹴ってから中央階段へと消えていく。人生で初めて呼び出しをされたのが美少女とは。 去り際に見えた彼女のローファー、新品らしいそれは――学生の中履きは校舎の色と合わせて白を基調としているが、学年ごとに斜めに入ったストライプの刺繡の色が違っている。 1年は赤、2年は黄、3年は青。

 ――彼女は私と同じ、三年の青だった。


「…鶴首、早く戻れよ」


 視界の端で弱弱しい男性の影が遠ざかっていく。

 受験とか、就職とか。まぁ、虫の居所が、悪かっただけなのかもしれない。

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