男の社会:3
砂嵐の向こうにそびえる白塔。オンナたちが住み、守っている。
ハイブ・タワーと呼ばれるそれは、人類の英知が詰まっていた。
僕らはその技術を取り戻し、オンナを自分のコミュニティに取り込む。
そうやって、僕らは生きてきた。
この方法でしか、男女はわかりあえない。
僅かな振動と共に、隊列からⅠ機の機動兵器が歩み出る。
長距離通信用のブレードアンテナが付いた頭部、部隊長の機体である証だ。
『――各機、突撃開始!!』
各部隊がそれぞれの方法で前進を開始。
稼働に必要な触媒や推進剤は充填済、武装の動作確認も済んでいる。
――さて、仕事を始めよう。
『いくぞ、タロー』
「僕が前に出る」
部隊内では最も戦闘力の高い第3世代機――つまり、僕と兄のイチローだ。
火力も機動力もある機体は最前列で敵の目を引く役割を与えられている。
僕とイチローで敵の主力を引き受けて、その側面や後衛を他の部隊が叩く――というのが、今回の作戦だった。
並走していた機体が進路を変え、視界から消える。
これで僕が最前衛だ。
『――来た、フライ型だ!』
――やっぱり1番手はそれか。
オンナが使う兵器は様々ある。その中でも、フライ型は厄介だ。
それに……後味が悪い。
「デルタより各隊へ、火力支援を求む」
『――アルファ、了解だ。一度下がれ!』
進路を変え、機体を後退させる。
敵に正対したままの全速後退、飛来してくる青い光に照準を重ねた。
――ごめん、助けてあげられなくて。
トリガーを引く。
モニターいっぱいに広がる発射炎、振動、砲声。彼方に飛んでいく無数の光弾。
すぐ横に他の部隊の機体が見えた。もう後続と合流してしまったらしい。
フライ型が弾け、空にいくつも爆発が咲く。
その爆煙の数だけ、人命が失われている。
そもそも、フライ型という兵器は捨て身前提の運用方法だ。もちろん脱出装置など付いていない。
大量の爆薬と共に敵に突っ込み、自爆する。
オンナは人員がいくらでもいるから、そういった兵器を当然のように利用してきた。
――ほんと、最悪だ。
フライ型を近付けるわけにはいかない、接近を許せばこちらが死ぬ。
だが、迎撃すれば相手は死ぬ――これはもうどうしようもないことだ。
再度前進しようと方向転換した矢先、遠方から光条が放たれる。
砂嵐の中でもはっきり見えるそれは、後方にいた仲間の機体を撃ち抜いた。
大穴の空いたアマガスが崩れ落ち、黒煙を噴き上げる。
――もう、ホーネット型が仕掛けてきた!?
フライ型の攻撃精度は高い。最後の最後まで搭乗しているパイロットの誘導によって回避機動もするし、機動修正もしてくる。
だからこそ、大抵の場合は超遠距離からの誘導ミサイルのように使ってきた。
しかし、ここのタワーでは前衛と上手く嚙み合わせて、連携させている。
――戦いに慣れ過ぎている?!
これまで、大規模な攻撃を仕掛けなかったのも当然だ。
ここのタワーの連中はとても強い。下手に手を出しても死ぬだけだろう。
「このままじゃ狙い撃ちだ、僕が前に出る!」
単機で陽動に徹すれば、機動力の無い旧世代機を逃がすことくらいはできる。
味方部隊が迂回している間に敵機を減らせれば、勝機はあるはずだ。
『――クソッ、限界射程から援護する。それくらいはさせろ』
「デルタ2、突撃するぞ」
機体を加速、前進。
彼方から放たれるビームの光線、放物線を描いて飛来する火球――プラズマ光弾を避けながら、敵機に狙いを定め——トリガーを引く。
短い点射、両手に抱えたマシンガンの砲弾が敵機を穿つ。
人の背中に羽を生やしたようなホーネット型、虫のような見た目のモスキート型、目に付く敵機は片っ端から撃破していく。
キルスコアは撃破した敵機の数であるのと同時に、奪った命の数でもある。
数えたくはないが、機体のシステムが勝手にカウントを積み重ねていく。
――出てこないでくれ。
敵機からの攻撃に、機体よりも速く身体が動く。
操縦桿とフットペダルで機体を思った通りに操作し、瞬きを何回かする間に敵機が崩れ落ちる。
僕は……ずっと戦ってきた。
兄のため、誰かのため、僕たち「男性」が生き延びるため。
でも、本当は戦いたくなんかない。
身体に染み付いた条件反射が、トリガーを引く習慣が、機動戦の中で生き抜いてきた経験が、僕の中にずっと燻り続ける闘争本能が、ずっと誰かを殺し続けている。
僕の意思に、僕の気持ちに、頭の中にいるはずの『僕』を無視して、僕の体は戦って、殺して、壊し続けている。
本当に辞めたいならどうすればいいのか、それはわかっていた。
でも、内側の僕にはどうすることもできない。
頭の中では『死んでもいい』と思っていても、身体は『生きたい』と藻掻いている。
これはきっと、僕がおかしいからなんだ。
――誰か、止めてくれ。
兵士の僕が殺し続ける。
それを、僕はどこか他人のように感じていた。目の前で繰り広げられている戦闘、それで苦しんでいる僕は……一体、何者なんだろう。
『――タロー! 下がれ!』
すぐ横を追い越すように火線が走る。
その弾道を目で追うと、見たことのない機体がこちらに向かっていた。
『デルタ、時間を稼げ!』
『敵も引っ込んだ。そいつを任せてもいいか、タロー?』
接近してくる機体は他の機体と大きく異なる造形だった。
手足が太く、胴体も大きめだ。腕に付けた大型のユニットは――おそらく武器だろう。
――あんな機体が、あるだなんて……!
接近してくる速度も異常だ。
オンナが所有している兵器というのは、高い技術力が使われているわりに基本性能は低い水準しか発揮できない。
武装は強力なのは間違いないが、機体本体の機動性や防御性能は大したことがないというのが常識だった。
「デルタ2、交戦する!」
接近してくる大型機に照準を定めた。
機体のシルエットがモニターいっぱいに映し出される。
その姿はまるで甲冑を着た騎士のように見えた。
両腕の側面に付いたユニットが槍や剣のようにも受け取れる造形をしていて、こちらに全速力で向かってくる様相は、まさに馬に跨って駆ける騎士のようだった。
――やらなきゃ、やられる……!
反射的にトリガーを引いていた。
マシンガンの光弾はたしかに〈騎士〉に命中したようだったが、効果は薄いようだ。
これまでの機体とは違い、あらゆる性能を高めたハイエンド機ということなのだろう。
――どこか、弱点は無いか?
〈騎士〉の機体の細部を眺めるように様子見していると、腕のユニットが光り始めた。
そして、大きな両腕がこちらにまっすぐ向けられる――
強烈な閃光と共に、モニターにノイズが走る。
咄嗟に回避したおかげで損傷は無かったが、さっきまでいた位置に大きなクレーターが出来ていた。
おそらく、プラズマ光弾を発射したのだろう。
後方支援に位置するモスキート型が発射するような武装、それを高度な射撃兵装にまで発展させた――ものかもしれない。
直撃すれば、間違いなく機体ごと蒸発してしまうだろう。
だが、激しい機動戦の最中で当てられるような武装ではなさそうだ。
――こっちの方が小回りが利くはずだ。
火力は足りないかもしれない。
しかし、まだ正面からしか攻撃できていない。側面や背後から攻撃するには接近して張り付くしかないだろう。
それに、マシンガン以外も試してみるしかない。
コンソールを操作、左手で装備しているマシンガンを投棄。
背部ユニットに懸架していたグレネードカノンを稼働、空いた左手に持たせる。
いくら装甲が硬かったとしても徹甲榴弾の破壊力を受けて、無事で済むはずがない。
〈騎士〉は僕の狙いを察したのか、距離を取ろうと後退を始めた。
このままでは、後続の部隊と合流されてしまう可能性がある。このまま逃がすわけにはいかない。
最大加速で〈騎士〉に接近。
青白いスラスターの噴射炎を伸ばしながら、機体を浮かせる〈騎士〉に飛びつくように、僕も機体を跳躍させた。
――速度も乗ってるし、距離も詰められた。
これだけ接近できれば、僕の間合いだ。
どんな隠し玉があったとしても、ここまで僕を近寄らせた以上は無事では済まさせない。
メインモニターに〈騎士〉の上半身が広がった。
左手のカノンを〈騎士〉の肩と胴体の間に狙いを定める。
――僕は、また殺すのか。
頭の中の僕がブレーキを掛ける。
それでも、人差し指はしっかりトリガーを引く。
衝撃、爆発、黒煙――そして、確かな手ごたえがあった。
煙が風でかき消され、〈騎士〉の姿が露わになる。
狙った通りに右腕が根本から消え、残った左腕の武装ユニットも大きく損傷していた。
他に武装が無ければ、戦闘続行は難しいだろう。
――頼む、このまま退いてくれ……!
向かってきたら、僕は躊躇なくトリガーを引いてしまうだろう。
また、1人の命を奪うことになる。
距離を取ろうと後退した矢先、〈騎士〉は動いた。
青白い光の尾を引いて、まっすぐこちらに向かってくる。
咄嗟にマシンガンで迎撃――効果が無いのはわかりきっていた。
条件反射で動く自分の体が恨めしい。
〈騎士〉の機影が眼前まで迫っている。回避機動をするが間に合わない。
強烈な衝撃と共に、〈騎士〉と衝突した。
そのまま弾き飛ばされた――ように思えたが、モニターには〈騎士〉の胴体、半壊した頭部が映し出されていた。
操作しても逃げられない。
どうやら、〈騎士〉は僕の機体をがっちりと掴んでいるようだった。
ふと、脳裏にある言葉が過った。
オンナは、僕ら男の捕虜になると辱めを受けると思っていて、乗機には必ず自爆装置が積まれているという。
実際、目の前でそれを使った人もいた。それを解体したこともあったが。
「死ぬつもりか?」
僕は問いを投げていた。
それはほとんど無意識で、回答を求めていたわけではない。
誰も死んでほしくない。
だから、相手も自分と同じく生きたいと思っているなら――最悪の結末を回避できるはずだ。
これだけ機体が密着しているなら、センサーが音を拾ってくれる可能性がある。
接触回線という通信方法の一種だ。
しかし、帰ってきたのは……狂ったような笑い声だった。
ヘッドセットから聞こえるオンナの笑い声。死ぬまで続くだろう、その騒音に『諦観』を感じた。
相手のパイロットは、間違いなく死ぬ。そのつもりだ。
自爆装置はそこまで強力ではない。
だが、相手が使っているのが自決用のものではなかったら――
――そんなこと、どうでもいい。
僕が死んだって、何も変わらない。
相手のオンナが死んでも、多分何も変わらない。
でも、だからといって……死んでもいい理由にはならないはずだ。
最後の足掻きのつもりで照準を動かす。
すると、左側の武装だけが自由に狙えるようだった。
――僕も、無事ではすまないかもな。
これだけ密着するほどの距離で徹甲榴弾が爆発したら、機体にどれだけのダメージを負うことになるかは予想できない。
やったこともないし、やるつもりも無かった。
しかし、やるしかない。
強引にカノンの砲身を〈騎士〉に押し付け、コンソールで砲弾の信管設定を調整――発射後すぐに爆発するようにセット。
――頼む、無事でいてくれよ。
僕は、トリガーを引く。
これまで僕の意思に反したように反応し続けた体が、従順に人差し指に力を入れる。
そして、モニターいっぱいの閃光と衝撃――その瞬間、僕の意識は途絶えた。
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