男の社会:2
機械油、汗、錆、格納庫はそうした匂いで満ちていた。
実際は格納庫だけに留まらない。地下空間のほとんどは修繕を繰り返している。
部屋の衛生面に気を使っていなければ、ほとんどの住人がそうした匂いを日常的に感じているはずだ。
格納庫には様々な人型機動兵器〈アマガス〉と戦闘車両が並んでいる。
出撃前の最終点検が進められていた。
複数ある人型機動兵器の中から、自分の機体を見つける。
肩の部分に描かれた『ワイバーン』のエンブレム、僕専用のアマガスだ。
昔、スカベンジング中に見つけた本――コミックという絵を主体とした媒体のものに描かれていた架空の動物。身を守るための盾に翼竜の絵を刻み込んだ戦士たちがいた。
その物語が好きで覚えていたいから、自分の乗機にも同じように『ワイバーン』を刻んでいる。
機体に近付くと、整備士の1人に呼び止められた。
「よぉ、タロー。兵装のメンテは終わってるぜ」
「ありがとございます……ところで、マシンガンの
「ああ、ウチのバカタレがベルトリングの部品を点検してなかったみたいでな。劣化したのが紛れ込んでいたようだ」
整備士とのやりとりを終えて、機体の各部を一緒に点検。
世界が荒廃する前――男女が一緒に生活していた時代に作られた兵器、古い兵器ではあるが充分に戦える。
各部は異常なし。損傷していた部分はしっかり修復されていた。
「今回は収穫か?」
「その呼び方、あんまり好きじゃないんですけどね」
定期的に実施する攻撃作戦。
オンナが築いた『ハイブ・タワー』に対しての強襲作戦、ついこの間はもっと遠くにあったタワーを攻略した。
僕と兄のイチローが参加してから最初の功績だ。
装備や人員を調達し、戦力分析をした結果。ここの指揮官がタワーを攻略できると判断。
昨日、その具体的な詳細を聞かされ、これから出撃となる。
「あっちの方……東北地方じゃなんて言ってたんだ?」
「……普通に攻略作戦、と」
元々所属していた基地は人員や装備が溢れそうになり、いくつもの基地を建設。
周辺地域ではほとんどのタワーを攻略してしまい、それぞれの基地が独自の行動を取るようになってしまった。
結果、同じ男性勢力であるにも関わらず対抗意識を燃やすようになった。
僕と兄、数名のチームはそういった『同士討ち』を避けるべく、輸送隊を率いて南下。今の基地に辿り着き、なんとか居させてもらっている。
くだらない内紛で死ぬのだけはごめんだ。
「お前さんが搭乗してから装備に給弾するぞ。いいか?」
「了解です」
整備士に一礼してから、機体胴部のコクピットに入り込む。
コクピットシートに座り、計器類を操作。薄暗いコクピットの室内灯が点く。
機内の異常が無いことを確認。シート脇に愛用の自動小銃が固定されているのを見てから、機体のシステムチェックを進める。
50年前の機動兵器、当然ながらボロボロでいくつもエラーを吐く。
それでも動かせないことはない。
いつも通りのエラーを打ち消すために格納されているキーボードを引き出し、コマンドを打ち込む。そうしてから、機体の各システムを稼働させる。
メインモニターに格納庫の様相が映し出され、車両部隊がゲート前に集結しているのが見えた。
アマガス各機が出撃状態へ移行するのを待っているのだ。
僕らの技術力は車両や装甲車程度なら作ったり、改造することができる。
しかし、機動兵器アマガスはそう簡単にはいかない。
高度なシステム、プログラム、そうした機体構造を弄ることはほとんどできなかった。
だが、外部武装や後付けの装備はなんとかすることができた。
アマガスの問題点としては、立ち上げに時間が掛かることだ。
そのため、基地内で起動してそのまま向かうことが多い。
想定された戦闘エリア直前で機体の
『――タロー、そっちはどうだ?』
「いつも通りだよ、兄さん」
機体のシステムが順調に立ち上がり、すぐに戦闘出来る状態へと移行。
これで出撃準備は完了だ。
「こちらタロー、出撃できます」
『よぉーし、各機準備完了だ。これより作戦を開始する。各自はそれぞれ割り当てられたコールサインを使うように』
部隊長の発言が終わると同時に、ゲートが開く。
地表へ繋がっている大型トンネル、この基地――地下バンカーが建造された時に作られた通路だ。
『シエラ隊、出るぞ』
車両部隊がトンネルへと消えていく。
指揮車両、戦車、装甲車、ミサイル車両、輸送トラック。その車列全てが格納庫を出ていった。
『アルファ、ブラボー、発進する』
僕の乗機、その目の前に鎮座していたアマガスが移動を開始。
地響きを立てながら、重々しい足取りで人型機動兵器が進む。アマガスにはいくつか世代があり、その中でも旧型機は機動性が低いことで知られていた。
『チャーリー、出発だ』
しばらくしてから、第2世代アマガスで編成された部隊が移動を開始。
足に付いたホイールが火花を散らし、機体を前進させた。車両と同程度の速度でトンネルへと向かう。
『よし、オレらも発進だな』
「デルタ、行きます」
僕らの機体は第3世代。機動性は他の世代よりも高く、俊敏。
だが、乗り手の実力を問われる――それに、前衛向きだから危険な役割からは逃れられない。
――さて、今日も仕事だ。
薄暗いトンネルに侵入、機体が自動で暗視装備を起動。
青とオレンジで彩られた世界が広がるモニターを眺めながら、僕はぼんやりと考えていた。
僕たち、男は戦っている。それはオンナを排除するためではない。
ある意味、オンナを救うだめだ。と言う人もいる。
しかし、全てのオンナを救うことはできない。戦いの中で殺してしまう相手もいるからだ。
もしくは、勝手に死ぬこともある。
どちらが正しいか、なんてことは考えもしない。
もしも、そんな風に考えていたら……きっと以前の時代と何も変わらなくなってしまうからだ。
おそらく、どっちも正しいのだろう。と僕は思う。
男も、オンナも、お互いに正しいことをしていて、どちらも『それは間違っている』と指差しあっている――それが、崩壊する直前の世界だったはずだ。
今は、銃を向け合っている。
だけど、トリガーを引くかどうかのコントロールは自分が掌握している。
多分、昔の時代と違うのはそこなのかもしれない。
戦争というのは、自分の意思と反する出来事だと本には書いてあった。
命令、指揮系統、敵への憎悪。昔の男とオンナの間にはそれが存在していたはずだ。
今は、僕らにはそれが無い。
だからこそ、僕は――今日、何人殺してしまうのか……それが気掛かりだった。
薄暗いトンネルを抜け、地上に出る。
そこは僕がいつも見た景色、光景。砂まみれの地表と分厚い雷雲、強風と竜巻。
遙か以前、男性と女性が共に生きていた時代――その時の空は、青かったらしい。
あの分厚い雲の上には、今も同じような青空が広がっているのだろうか。
数時間の行軍の間、僕は雲の上の光景を想像する。
定時連絡の報告も耳に入ってこない。ただ、ひたすら青空の果てを脳裏に描き続けていた。
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