last stand

男の社会:1

 全身が重い。

 このままずっと、横になっていたい。


 黙って寝ていれば、無限に広がる砂漠を駆け回ったり、水や食料、防護装備のフィルターの状態を気にせずに済む。

 

 僕はとても疲れてる。

 だから、このまま寝かせていて欲しい。




 ――そう、思っていたんだけど……


「おいおい、オレよりそっちの方がいいのかよ」

「当然でしょ、アタイを落としたのはコイツなんだからさ」


「それは言わない約束だろ……ほら、こっち来いって」


 湿った音、汗と唾液と……体液の匂い。

 肉同士がぶつかる音、荒い吐息、喘ぎ声――



 それは僕にとっては、いつもの日常で、毎日のように繰り返されていることだった。



「――兄さん、セックスは余所でやってくれよ」


 閉じていた瞼を開け、見慣れた鉄板の天井を見る。

 すぐ横を見たら、裸で抱き合っている男女の姿があるはずだ。

 でも、今の僕には構ってるほどの体力的余裕は無い。



「あのなぁ、スカベンジングから帰ってきてそのまま寝るのはお前くらいだぞ」


 事実、僕はつい昨日までにいた。

 外――つまり、戦争によって荒廃してしまった地上のことだ。

 汚染されてしまった土地で生活することはかなり厳しい。僕らは生活圏を地下へと移し、細々と生きている……つもりだ。



「大変だったんだよ、今回はさ」


「知ってるわよタロー、また1人オンナを救ったんでしょ? やるわね」

「大したことじゃないよ、ニーナさん……」


 スカベンジングというのは、地上に残された廃墟や兵器の残骸から使えるモノを探すことを指す。


 僕と兄は別の土地から流れ着き、ここの人達――部隊にお世話になっている。

 そのお礼として、危険な地上のスカベンジングに出かけていた。


 まさか、一晩過ごすために立ち入った廃墟に敵対している兵士がいるとは思わなかった。




「そういえば、彼女は……?」


 ここまで連れてきたところまでは覚えている。

 だが、僕は自分の部屋に直行して、そのままベッドに倒れ込んだ。


 だから、一緒に来た相手がどうなったかまでは知らない。



「――今頃、牢屋だろ。色々と聞いたり、教えたり、しないといけない、からな」


 兄とその妻であるニーナさんとのが佳境を迎えているようだった。

 スパートが掛かって兄とニーナさんの声が重なり、色んな音が激しくなる。


 そして、ようやく――それが終わった。




 濃厚な汗と体液の匂いが部屋に充満する。

 いつものことだが、疲れ切った僕にとってそれはいつも以上に不快だった。

 さっさと起き上がり、部屋を出る。


 ドアを開ければ、すぐにじめじめとした地下の空気が出迎えてくれる。

 いくら換気装置を改良しても、この地下洞窟の居心地の悪さは変わらなかった。

 どこに行っても、どんな規模でも、僕は地下が嫌いだ。




 ――最悪だ。ここも、地上も。


 僕らがこんな風に生活しているのは、オンナ――つまりは女性のせいらしい。


 半世紀前、男と女が同じ場所で生活していた時代。異なる性別の人間が争うようになった。

 当時の情報を探し、調べた結果。女性は『男からの脱却』というのを掲げ、あらゆる点から男性を自分達から遠ざけた。


 そして、女性軍人によるクーデターや女性だけのコミュニティ、女性だけの国家――と来て、女性による技術の独占ということまで起きたらしい。

 結果、完全に男性と女性は対立。

 核戦争にまで発展して、世界は今のように荒廃してしまった。



 ここにいる女性は、オンナの社会から逃げ出してきた人もいれば、僕らが戦いの中で救い出した人もいる。

 そして、逃げ出した人の中には廃墟に逃げ込んで餓死する事例は少なくない。


 今回、偶然にも脱走したオンナのパイロットを見つけることになった。

 殺されそうになったけど、何事も無く帰還できてよかったと思う。


 だけど――それは本当に、良いことだったのだろうか?



 背後でドアが開く音がして、固いブーツの足音が近付いてくる。

 それは兄のイチローの靴音だった。



「また、で悩んでるのか」


 兄がすぐ近くにあった階段に腰掛ける。

 それは僕のすぐ横だ。



「そりゃそうでしょ」


 僕らはあり合わせの資源でなんとか生活している。

 残された僅かなもの、少ない部品で直したもの、間に合わせで作ったもの……

 それは、オンナの人達の暮らしとは大きく違うはずだ。

 

 環境は悪くはないが、良くもない。

 そんな場所に連れてきてしまった。しかも、本人の同意も無しに――



「いつまでクヨクヨしてるんだい!」


 すぐ近くから声が聞こえ、顔を上げる。

 すると、階段を駆け上がってくる人影が見えた。


 それは、かつて僕が撃墜したパイロット――イチローの第一夫人であるサリーヌさんだった。



「聞いてくれよ、コイツ――」


「――話は聞いてるよ、また人助けしちまったんだろう」

 サリーヌさんは僕の前で立ち止まった。

 長い髪を後ろで束ねて、腕を組んでいる。


 この人は数日前に出産のためにシェルター本部にいたはずだ。

 もう外出してくるとは微塵も思わなかった。



「どうしたんだ? 妙な顔してるねぇ」


「いや、あの……サリーヌさんはここに来て、後悔していないかなって……」


 事実、サリーヌさんはここに来てからはかなり大騒ぎした。

 どうやら階級的に高い位置にいて、専用機も与えられている。

 毎日舌をかみ切ろうとするものだから、1ヶ月くらいは口に物を詰めて生活させられていたこともあった。


 今ではこうして、兄の妻として……地下の暮らしを満喫しているらしい。



「自分を落とした男に抱かれないことくらいかね、後悔することは」


 事実、男は撃墜した相手を好きにしてもいいという風潮があった。

 そうでもしなければ、僕らは子供が生まれない。

 でも、僕は人を物扱いしたいと思わない。それで兄に譲っている。


 一方、オンナは体外受精と人工保育器を使って大量に人工を増やしているらしい。

 逃げてきた人からの情報提供によると、オンナは強い男を捜し出して捕獲。その精巣ごと精子を採取して遺伝子情報を分析し、より強いオンナを作り出そうとしているとのことだった。




「それにしてもよ……もう動いて大丈夫なのか?」


「もう抱きたくなったのか? 今の妻とのセックスはつまらないのなら、2人で相手してもいいんだぞ」

「そんなんじゃねえよ、休める時は休んどけって」



 逃げてきた人達の多くは、地下を気に入る。

 これまで敵対していた男の姿を知ったからか、それとも任務や使命を与えられないからか、異性とのセックスが心地良いからなのか、その理由はわからない。

 どんな理由を言ったとしても、それが本音とは限らないからだ。


「タロー、我々はここに来た時に必ず選択肢を与えられるということは覚えているな?」


「……はい」


 男性のコミュニティにオンナが参入する際、必ず意思確認が行われる。

 男性社会の一員として貢献するか、自力でタワーまで戻るか。ほとんどの場合はこちら側の一員となることを選ぶ。


 オンナの兵器はタワーから離れられない。

 ほとんどの機体は小柄で大規模な動力炉を持たない設計で構成されている。 

 あくまでタワーを守るという戦略であるため、こちらの基地の所在が明るみになったとしても攻撃されるというわけではない。

 


「私は、ここに来て良かったと思っているよ」


 サリーヌさんは静かに笑う。

 この人は滅多に笑わないし、他人に厳しい態度を取る人だ。

 そんな人が笑顔で言うということは、それは嘘ではないと信じられる。


「だから、お前は何も悩まなくていいんだぞ。タロー」





「そうそう、お前が捕まえてきたオンナはオレが全員可愛がってやるからよ。気にせずドンドン捕まえてきてくれよ。バリバリ子作りに励んでやるぜ」


 兄イチローのつまらない言葉に、空気が凍りつく。

 体感温度が数度くらい下がった気がした後、サリーヌさんの拳がイチローの腹に打ち込まれた。

 悶絶するイチローに、呆れた表情をするサリーヌさん。

 苦笑するしかできない僕。



 地下の暮らしは良いとは言えない。

 それでも、みんな頑張って生きている。


 それぞれ色々な楽しみを糧に、毎日を生き抜いている。

 それはオンナも同じらしい。



 でも、その生活の中でを僕は感じていた。

 それはオンナを抱いてないからだ、とイチローは言っていた。


 僕はそう思わない。

 それがいつか解消されることがある……とは思えなかった。


 でも、明日は来る。

 明日が来たら、生き延びるためにあれこれやらなければならない。

 怠惰に寝て過ごせるのは、妊娠したオンナだけだ。

 もちろん、それは命懸けの出産が待ち受けているからだとも言える。



 ――なら、出産できない男は常に命懸けの仕事に臨まなければならないのかな。



 ふと、真っ暗な頭上を見上げた。

 岩盤を掘って作った地下基地。剥き出しの岩肌が僕らを汚染された大地から守ってくれる。

 いつだか、イチローは言った。



 男というのは本来、この基地の岩盤のような存在だったはずだ――と。

 

 僕もそう思う。

 でも、それが必ずしも正しいとは……とても思えなかった。


 


 


 




 

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