女の世界:3

 爆発、銃声、無線から流れる悲鳴や絶叫。

 戦い――これは、残忍なオトコから文明や愛する者を守るために必要なものだ。



 第一陣のフライ型による攻撃が終わったようだ。

 望遠装置で拡大した先では、敵味方の残骸が散らばっている。


 そして、その残骸を置き去りにするように前に出てきた機体がいた。

 それは旧式の人型機動兵器「アマガス」、オトコがあちこちで掘り起こして使っている骨董品だ。



 突出した敵機は前衛のホーネット型によるビーム攻撃、後衛のモスキート型が発射したプラズマ球弾を難無く避け、反撃でこちらの数を減らしていく。

 その動きは的確かつ、無駄がない。


 これまで何匹もの強敵と対峙してきたが、今度のはこれまでとは何かが違う気がした。


 ――それでも、負けるつもりはない。


 

 砂塵を舞い上げながら地上を疾駆する敵機。

 望遠装置で拡大し、フォーカスした先で映り込んだ機影には見覚えの無い絵が描かれていた。

 激しい回避機動の最中であっても、光学補正によってはっきりと見える。


 その絵は翼を生やしていた動物だった。

 姿はトカゲのようにも見えるが、このような生物は知らない。


 ――こんな生き物、いるはずがない。


 わたしはタワーのアーカイブにアクセスするのが好きだった。

 そこには自分が知らない全てが収められていて、失われた文明の姿や歴史を知るのが楽しかった。

 それがオトコたちによって失われたという怒りが身を焦がしても、知る、学ぶことの面白さは別格だ。


 アーカイブには失われた自然や動物に関するモノも存在する。

 だからこそ、あの絵の正体が気になった。



 ――それに、相手は強い。



 遠目から見ても、あのトカゲ絵が付いた敵機の動きが別次元なのがわかる。

 起伏に乏しい砂漠の地形であってもその僅かな差を使った遮蔽、無駄のない回避機動、射撃時の姿勢安定、状況判断、空間認識。


 戦闘に特化した〈ビースト型人種〉のパイロットでも、あそこまで機動兵器を柔軟に動かすのは難しいだろう。

 極限の反射神経と動体視力、緻密な分析と洞察力、それは肉体ハードウェア精神ソフトウェアの双方が備わっていなければ実現しない。



 ――まさか、あれは女が乗っているのか?


 オトコたちに捕虜になった女は帰ってこない。

 それはオトコたちに卵を植え付けられて、慰み者として死ぬまで閉じ込められるからだ……と言われている。

 もし、オトコに我々を洗脳するだけの技術や方法があったとしたら、状況は大きく変わってくるはずだ。




 ――どちらにしろ、確かめるだけだ。


 わたしに与えられた命令は2つ。


 タワーを守り抜き、強い敵を屈服させること――




 機体を前進させ、スラスターを点火。

 加速による圧が身体を痛めつける。彼方にいる〈トカゲ絵〉に向けて、わたしは突っ込んだ。




「こちらナットリー。エイブル、ベイカー、チャーリーに告ぐ」


 敵機との距離が近づき、自分も火線の中に飛び込んだ。

 彼方から飛んでくる射撃を避けつつ、標的に照準を重ねる。



「――突出してきた機体は、わたしが対処する。各機は後退して防衛ラインを再構築しろ」


 わたしの指示に各員が了承し、一斉に後退する。

 すると、彼方にいる敵機の集団も進路を大きく変えるのが見えた。


 どうやら、相手も〈トカゲ絵〉を犠牲にして主力部隊をタワー攻略に向かわせるらしい。



 ――なるほど、やはりコイツは腕が立つようだ。


 わたしたちから見ても強いということは、仲間からも信頼されているということだ。

 そして、この〈トカゲ絵〉が孤立するという状況はわたしにとって好都合だった。



 〈トカゲ絵〉がこちらと正対する。

 両手それぞれに抱えた実弾火器――機関砲がこちらに向けられた。

 見た目から判断すれば、普及している小口径の火器だ。そんなものではこの機体に致命傷は与えられない。


 ――落とさせてもらう。


 トリガーを引く。

 機体の腕部に取り付けられたプラズマランチャーが電磁波を帯びた光弾を放つ。

 視界を覆う閃光とノイズ、メインモニターの表示がまばたきするくらいの間だけ乱れる――が、照準した場所には〈トカゲ絵〉はいなかった。


 すぐに照準を操作し、機影に這わせる。

 プラズマ弾は派手だが弾足が遅い。硬直した集団相手には有効だが、機動戦においては牽制にしか使えないのが問題だった。

 ならば、別の武器を使うだけだ。


 操縦桿のスイッチを切り替えて、プラズマランチャーからビームガンに変更。

 火器管制システムが警告メッセージの通知をメインモニターに出してきた。


 ホーネット・ナイトの弱点の1つ、主兵装であるプラズマランチャーとビームガンは同一の装備を共有している。腕部側面にある火器ユニットが変形して兵装を切り替えるのだ。

 だから、武装を変更している間は攻撃手段が限られてしまう。



 ――近寄ってくるなよ……


 〈トカゲ絵〉から距離を取るように後退。スラスターと姿勢制御を意識しつつ地形機動を続ける。

 だが、〈トカゲ絵〉は動きを変えてきた。


 一定の距離を保ちながら回り込むような動き。

 その間合いの取り方が絶妙だ。自分の装備の適性射程を熟知し、いつでも回避機動に移れるようにしている。

 それが急に、距離を詰めてきた。


 ――この機体のことを知ってるのか!?


 1秒近くの隙、それだけあれば――相手を倒すのには充分だ。



 〈トカゲ絵〉が左手に持つ火器を放り投げ、背中にマウントしていた装備を取り出す。

 バックパックから伸びたサブアーム、そこに付いていたのは機関砲とは思えない大きな砲口を持った装備だ。どう考えても普通の武装ではないだろう。


 スラスターの推力を上げ、空中に退避しようと試みる。

 しかし、〈トカゲ絵〉はその動きにまで追従してきた。



 そして、空いていた左手に大口径の武装を持つ。

 距離はどんどん縮まり、モニターいっぱいに〈トカゲ絵〉が映し出された。


 爆発、衝撃、警報。

 コクピットが暗転、すぐにシステムがリカバリーに入って、消えたモニターに光が戻る。



 そこに映し出された情報は、頭の中が真っ白になりそうなほどショッキングなものだった。



 ――わたしが、中破させられた……だと!?


 機体は右肩の根元から消失、爆発の影響で頭部も半壊。

 システムが落ちた際、姿勢を大きく崩したのだろう。左腕の武装が損傷していた。

 変形途中だったせいか、それとも地上に激しく叩き付けられたせいか、もはや原因を考察する猶予すら残されていないだろう。



 ――ヤツは、危険だ。


 〈トカゲ絵〉はこれまで相手にしてきた、どのオトコよりも強い。

 クイーンから与えられた「ホーネット・ナイト」で太刀打ちできないなら、他に誰が倒せるというのだろうか。


 わたしに与えられた命令、その1つを優先するしかないだろう。



 サブコンソールを操作し、特別プロトコルを始動させる。

 それは我々の兵器全てに搭載されている機能、もしくは装備とも言えるものだ。



 ――ごめんよ、ブルー……約束破っちゃうね。


 深呼吸する。

 熱っぽい思考、感情、思い出、それを呼気と一緒に吐き出す。


 彼女――ブルーが顔をめちゃくちゃにして泣いている顔を、想像しそうになって胸が締め付けられた。


 また、彼女の陰口が広まってしまう。

 だけど、オトコに負けて、慰み者なんかにされるのはもっとイヤだった。

 ブルーをそんな酷い目に遭わせるわけには、絶対できない。




「――わたしと共に、死んでもらうぞ。〈トカゲ絵〉ッ!!」


 操縦桿、フットペダル、それを通してわたしは機体を全力で駆動させた。

 息が出来ないほどの急加速、全身全霊――回避すら考えない突撃。

 敵機――〈トカゲ絵〉の反撃があったが、わたしを止めることなんかできっこない。





 残った左腕で〈トカゲ絵〉の機体を拘束、マニピュレーターでしっかり機体掴んだ。

 重量と推力、性能は圧倒的にわたしの機体の方が高い。

 そう簡単に逃れられるはずがない。



 〈トカゲ絵〉を抱き込んだまま加速し続け、ようやくメインモニターに準備が出来たことを告げる通知が現れた。

 あとはトリガーを引けば、機体の動力炉リアクターが限界運動を起こして大規模な爆発が起きる。跡形も残らない大爆発だ、わたしもこいつも生き残れない。

 

 


『――――死ぬつもりか?』


 聞いたことのない声が聞こえた。


 それは女の声とは全く違う響き、声色、感触。

 だから、それが〈トカゲ絵〉のオトコだということはすぐにわかった。


 まさか捨て身の攻撃をされるとは思っていなかったのだろう。今から命乞いでも始めるのかもしれない。


 まさか、死ぬ前にオトコの声が聞けるとは思わず、わたしはこみ上げてきた笑いを抑えることはできなくなった。



 何もかもがおかしい。全てがふざけている。

 野蛮で、無秩序で、残忍なオトコがわたしたちと全く同じ言語を使っていて、おまけに意思疎通を試みている。

 わたしが見たことのあるオトコは総じて、ただの動物、食欲と生殖欲求しか存在しない害獣だった。


 だが、目の前にいるオトコは「話せる」

 こんなに面白い出来事が、かつてあっただろうか。 

 



 きっと、わたしはおかしくなってしまったのかもしれない。

 女は死を恐れてはいけないはずなのに、それが種の存続を守るための価値観であるはずなのに、わたしは……まだトリガーを引けていない。



 また、ブルーに会いたい。

 抱きしめて、キスをして、互いの気持ちいい部分をまさぐって、くだらないジョークを聞きたい。


 それが、目の前にいるオトコによって奪われる。

 いや、自分で終わらせる決断を強いられている――なんて、理不尽なんだ。



 だけど、この辛い決断をで選べるのはわたしだけだ。

 トリガーを引く権利は、他の誰にも譲れない。



 ――くたばれ、野蛮なオトコ。



 人差し指にそっと力を入れながら、わたしは目を閉じる。

 そして、強い衝撃が襲ってきて……そこで、わたしの意識は途絶えてしまった。



 


 


 

 


 



 


 

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