小室ススキ編 第2幕 百万円の女の子

 家の前にある不法駐車の車。

 ずっと玄関先を塞いでいる。

 これが現れてからもうずいぶん経つというのにいまだに誰も取りに来ない。

 誰のモノかもわからない。

 まあいい。燈はそのわきを通る。

 警察にしょっ引いてもらうことも考えないではなかったがやめた。

 そんな手間は掛けたくなかったし、警察に自分の腹を探られて痛くないほど、清廉な生き方は現在進行形で出来ていない。

 

 学校にはしばらく登校していない。

 撮影もあるしバイトも入れている。

 なんだか腹が減っている気がするが、どうでもいい。

 そのことを咎める教師もいない。心配する同級生もいない。みんな自分の将来のことで忙しい。

 ――心配してくれた誰かがいた気がする。もう忘れたことだ。

 

 映画の撮影も終盤だ。

 ギラギラとした熱のようなナニカが自分の視界を塞いでくれている。

 こんなにも楽しいと錯覚させてくれている。


 撮影が終了した。海野ヒバリはクランクアップ早々の姿を消した。

 しばらく旅に出ようかな、などといっていたが本当だろうか?


 ススキは最後の編集作業に入る。

 燈はそれに付き合っていた。

 学校のコンピュータ室には誰も来ない。

 二人だけだった。

 画面に向かって食い入るように作業をしているススキ先輩の姿が視界の端に映る。

 PCのブルーライトがひどく眩しくて目を細めた。

 たまに寝落ちしてしまうススキにコートをかけてやったりもした。

 そしたら起きた彼女に早く叩き起こせという理不尽なお怒りを受けた。


 ※


 時が流れる。

 いざ映画祭。

 この場にはススキと燈の二人で来ていた。ヒバリも見に来るといっていたが結局見つけることが出来なかった。

 周囲には映画オタクの若いのが無秩序を体現している。

 上映会が始まる。

 あまりにも見れたものではないのが半分。普通に面白くないものが2割。まあまあ面白いのが2割。傑作が一割といった感じ。

 自分たちの作品が上映となった。

 他作品どうように流れていった。

 死体の自分が映っていた。

 いつもの自分だった。

 なんだか奇妙な感じだ。

 画面の中では見知った顔が見知らぬ声で何やら演技のようなことをしている。

 なんだか、良くできた人形のようだ。

 よくできた人形が喋っている。

 自分たちの作品が、というよりこの映画祭で流れている作品に出てくる人間たちは皆そうだった。

 ちらりと横を見る。

 ススキはこの上映会を楽しんでいるのかと思った。

 驚いたことに彼女の表情には虚無がうかんでいた。

 無表情なのではない。虚無が表情として浮かんでいるのだ。

 まるで、目の前で流れる映画何てどうでもいいような、そんな顔をしていた。



 結論として、小室ススキ監督の映画は大賞を取った。

 賞をもらった時のススキの喜びようは大層なものだった。

「燈君! やった! やったよ!」

 そういってススキは燈に抱き着いた。

 強く強く抱きしめた。

 それはもう痛いほどに。

 それだけで、燈は何だか満たされた気がした。

 空っぽな器がふさがるような、そんな感じがした。


 賞金の100万円は全額ススキのものになった。

 海野ヒバリははなっからそんなものはいらないといっていたし、燈としてはそれでススキが喜ぶのなら、そのほうがいい気がしていた。

 自分の肚は彼女が喜んでくれたことで満たされた。そんな気がした。




 ススキは夜の路を歩いた。

 宙には、月も星もない。


「お父さん、見て。わたし、賞を取ったの。映画でよ。すごいでしょう」

 帰宅して一番最初にそういった。

 小さな声だが父親にはそれが聞こえた。

 父親が振り向いた。

 嬉しかった。それだけでよかった。報われたと思った。

 その後に頬に衝撃が走った。

「ふざけるな! ふざけるな! 俺をバカにして楽しいのか! 俺を見下しているのか娘のくせに!」

 男は怒鳴った。ぐちゃぐちゃの貌と声。

 ススキは、自分が殴られてよろけたことに気づいた。

「ち、……ちがうの、わたし――」

「黙れ! 黙れ黙れ黙れだまれ―――――!」

 男は振りかぶった。

 避けようのない拳が振るわれた。 

 不摂生な生活をしている初老の男の拳はそれだけでは人を殺せないほどに弱く脆かった。

 けれど、細い体の少女を一人、倒れさせることはできた。できてしまった。


 倒れた椅子。いつから倒れっぱなしだっただろうか。ああ、そうだ。母さんが出ていった時からだ。


 それが倒れる瞬間に見たススキの視界だった。


 いやな音がした。

 自分の首から。人の体からしてはいけない音がした。

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