會野ミサキ編  第3幕

 「どうどう~? このコンテ、めっちゃちゃんと作ってきたよ~!」

 唯一人の映研部員、小室ススキ先輩の提出したコンテは本人のキャラや

普段の言動、製作スタイルとは裏腹に手堅く地域PR動画といった感じのモノであった。

「今回はわたしの取りたい画じゃなくて依頼だからね。手堅いものにしたよ」

「流石です先輩。やっぱり貴女は真面目な人だ」

「え……やめてよ。そういう風に言われるのはちょっといい気がしないよ……」

 何故? と思うが小室ススキというのはこういうところがある人だ。

 もとよりあまり真人間でありたがらない節がある。

「そんなこと言うとこのコンテ破り捨ててトリップ映像撮っちゃうぞ」

「すみません先輩このコンテマジで最高ですこのままでいきましょう」

「うんうん! ちゃんとわかってる分かってる! そういう燈くんがススキ先輩は大好きだぞ~!」

 うりうり~と頭をくしゃくしゃに撫でてくるススキ。慣れているのか為すがままにされている燈。

 その傍らでミサキが見ている。



「や、久しいな。少年、呼んでくれて嬉しかったよ」

「音無さん。こちらこそ、音楽担当のオファー、引き受けてくれてありがとうございます……しかし別に、わざわざ現場まで足を運ばなくても大丈夫でしたのに、お手数おかけして」

「いいんだ。音を作るにもヒントが多いほうがいいからね、こうして外に出て色々見てみないとね。……しかしなんだね、ヒバリの話で聞いていたけど、燈君もなんだかプロデューサー然としてるものだね」

「まあ……お鉢が回ってきただけですよ。それにしたってここまで色々やらされるとは思ってませんでしたけど」

「ふふ、世の中そんなものだよ。しかしそうだな……頑張ってる君に応援として……」

 ふと、音無マサミは動かそうとした手を止めた。

「音無さん?」

「うん。私がきみをどうこうするのは、やっぱりやめておこうと思ったよ。そこの彼女に睨まれそうだ」

 そういって音無マサミは少年アカリの頭を撫でるとさっさとどこかへ消えてしまう。

 その際、燈の傍らにいたミサキへの目配せを忘れてはいなかった。


「……なんか変わった人でしたね」

「うん。まあバンドマンでもあるからね、今はフリーらしいけど。けど今回の動画の音楽を格安で担当してくれるいい人だよ」


 ミサキが燈の補佐をするようになって1週間ほど。

 順調とはいかずともそれなりのテンポ感でことは進んでいる。

「じゃあ、次行きましょう、センパイ。コンテのここですね、主演のお婆ちゃんは先に現地に行っている手筈です」

「うん。了解、ススキ先輩ももうついてる頃だしね」

「……そうですね」

 こうして二人歩き出す。



「おろ? 二人のほうが早いの?」

 現着一番、疑問を投げかけたのは小室ススキだった。

「ナギサさんは?」

「来てないんですか?」

「うん。来てないけどぉ~、あれ? すれ違ったりとかは?」

「してないですね」

「……」

 いつも軽快に笑みを絶やさないススキの顏に冷や汗や焦りが顔を出し始める。

「それ……だい、丈夫……なの?」

 いやな予感が全身を駆け巡っている。そんな顔をする。

 そういった不安は伝播するものである。

 「……」

 燈とミサキ、しばしの沈黙。

 そののち、駆けだしていた。



「知ってますかセンパイ、ぎっくり腰は英語でwhich`s shotというそうですよ」

「あー、知ってる。魔女の一撃だっけ。面白い言い回しだよね」

 病院の中というのはどうしてこうも不思議な気配に満ちているのだろうかと、漫然と思う二人である。

 廊下を挟んではす向かいの椅子には今にも吐きそうなくらい顔面を真っ青にした小室ススキ監督がいるのが逆に二人を冷静にしている節はあるのだろう。

「まあ、きみのおばあ様の命に別状はないようで安心したよ」

「そうですね、アタシも安心してます」

「うん……」

 天井を見上げる。なんてことはない、病院の天井。

 真っ白な地盤に黒い孔がぽつぽつ開いている。

「撮影どうしようか……」



 さらに約1週間がたった。

 ミサキの祖母であり本PR動画の主役であるところの會野ナギサは医師からの絶対安静を言われてしまい残念ながら撮影できず、降板と相成った。

 ごめんねぇ……、ごめんねぇ……。

 と、幽鬼のごとく謝るナギサの姿はできれば記憶から消えてほしいと思ってしまう燈である。あまりにもショッキングだったので。

 しかしそれ以上にショッキングなのは頭を抱え続けている小室ススキ先輩である。

 もうずっと顔面真っ青である。

 元来陽気な彼女だが、意外なほどこの手のイレギュラーに弱かったらしい。

 頭を抱えて動かないでいる。


 当然、その間の撮影は中止。医師から絶対安静を厳命されているナギサの代役を立てねばならぬのだが、これがまあ決まらない。

 他の劇団員の御老体たちも各々体のがたつきなどといった理由を付けたり、単純に不機嫌だったり何言ってるかわからなかったり各々喧々早々と理由を付けて誰も引き受けてはくれなかった。

 頼みの綱の若い衆も同様。

 面倒ごとなのだし、そんなものを進んでやる人間なんてそうそういないものだ。

 結果がこの停滞である。

 

 二人ともウナギの寝床である部室に戻ってきた。

 小さくて狭い部屋で二人きり。

 不気味なほどに穏やかな夕暮れの季節。

「センパイ……」

 ふと、不安そうに燈の顔を覗き込むミサキ。

「アタシ……」

「だいじょうぶだよ」

 掠れそうで、瞳が揺らいでいる。

 彼女のなかにある感情が、考えが彼女を不安げに揺らいでいることを燈は察していた。

「……オレは、きみがそんな風に無理に頑張る必要はないと、そう思っているよ。できることがあるからって適任だかってやらなきゃいけないわけでもない。……ミサキが、苦しいと思うなら。オレは……他の何がダメになってもいいって思う」

 本心だ。

 そんなこと、あたりまえだと。

「……」

 穏やかに微笑むミサキ。

 なんとなく、少年には少女の答えがわかっていた気がした。



「ということで、主演代理の會野ミサキです」

 こうして、撮影は再開した。


 

 粛々と、ただ粛々と淡々と黙々と撮影は続く。

 秋に青空ソラが流れていく。

 ミサキはそれがまるで普通のことであるように、淡々とカメラの前に映る。

 どこにでもいる普通の老婦人という設定が、どこにでもいる普通の女子高生に変換されただけでとるべき内容は変わらない。

 ただこの何もない土地を、何かがあるかのように魅せる。そのために歩いたり、しゃがんだり。とりとめのない曖昧な台詞を吐いたり。

 そんな、普通の撮影。

 それがどれだけのことなのかを、どういう意味を持つことなのかは、きっと會野ミサキ当人にしかわからないことなのだろう。

 

 ※


「以上を以って全撮影工程を終了しまーす! 乙でしたー!」

 小室ススキの声が響く。

 主演交代のトラブルが嘘だったかのように撮影は滞りなく終了した。



 役所の人間が訪れたので、編集済みの映像データを手渡した。

 まさか出来上がるとは思ってなかったらしく些かに驚いていた。いや、あんたらがふってきた事案だろうと突っ込もうかと思った。

 実際は別に何も言うことはなく、粛々とモノだけうけとって役所の職員は帰っていった。



 出来上がった映像がHPに挙がった。

 他の旧町村のものも一緒にだ。

 それらを確認したところ。多分、一番マシな出来だなと思われた。

 とはいえ、おそらく誰かほかの人間がこれを見ることはないだろうなとも思える。

 主に監督にとっては渾身の作品だろうが、作品というものはこうして埋もれていくのだろう。



 そして、まるで何もなかったかのように日々が流れていった。

 

 

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