會野ミサキ編 第1幕 その1
「あ」
「あ」
その日の朝。空白燈がいつも通り登校すると、見知った顔があった。
「お早う」
「おはようございます空白センパイ。昨日はどうもご迷惑を」
「いや、それは別にいいんだよ。それにしても名前を覚えていてもらえたとは、うれしいね」
「別に、あんだけ迷惑かけちゃったし、センパイには。」
「ああ、そのこと? 構わないよ、別に。オレも仕事みたいなもんだったし」
二人の足音がする。
秋特有の朝方の冷え込みが厳しいと感じる。
「センパイって生徒会の人じゃないんでしたっけ?」
「うん。助っ人みたいな感じでね、昨日もそんな感じで、きみのところに訪ねたんだ」
「……なんで、そんなことしてるんです?」
ミサキは表情を変えないまま、そんなことを聞いた。
そんなこと、とは、燈が生徒会の助っ人なんていうことをしている理由だろう。
「ああ――それは、単純にオレが暇なのと、生徒会にクラスメイトの割と仲のいい奴がいるからなんだ」
「……そうなんですね」
「うん」
それきりミサキは黙りこくってしまった。
長く黒くくすんだ前髪に隠れて表情はよく見えない。
なんとなく気まずい。
燈は二人きりでいるときにどっちも黙りこくってしまう状態が苦手だった。
なにか会話をしなければと焦燥するが、どうにも言葉が出てこない。
もともと、人付き合いは得意ではない。
それ以上に孤独が嫌いなだけで。
学校まではあと十数分。
流石に黙りこくったままは厳しい。
なにか言葉を探さねばとしたとき、先にミサキが喋ってくれた。
「じゃあ、センパイはもう部室に来ない……ってことでいいですね」
「……ああ、それはそうだね。用事は終わったし」
「生徒会の人たちも、もう来ませんね」
「うん。そうだね」
「そう……よかった」
やはりミサキの表情はうかがい知れない。
ポーカーをやったら強いかもしれない。
「…………どうして? 生徒会の人たちや……オレは嫌い?」
「別に、嫌いってわけじゃないです。生徒会も、センパイも。特に何の感情もありません。……ただ、あの空間に他人がいるのが、あんまり好きじゃないだけです」
そっけない様子で、彼女は言う。
「そうなんだ。うん。大丈夫、生徒会の用事はあれだけだと思うよ。予算関係含め、部活動として提出が必要な書類については概ね機能説明したの、覚えてるよね」
ミサキはこくりと頷く。
「うん。じゃあ生徒会がきみたちに介入する理由はないよ。いわんやお手伝いのオレなんかがね。だから、安心していい」
「そうですか」
「うん」
そうこうしているうちに二人は学校の靴箱だ。
「じゃあ、さよなら。センパイ」
「うん」
そうして二人は別々の入口へと入っていく。
もう、彼女と関わることはないだろう。
燈はぼんやりとそう思う。
人のつながりとはそういうもので、いちど切れた縁は繋がらない。
同じ学校にいるからって、学年もなにも違うミサキとの接点はもうない。
普通のことだと燈は思う。
唯どうしてか、それが今は淋しい。
※
「で、なんでセンパイが
「……」
「もう来ないんじゃないんですか?」
「……ごめん……」
その日の放課後、さっそく燈はミサキのもとを訪れていた。
どうしてこうなったかというと……。
「
「……まじ?」
「まじです」
「あぁ……ごめん」
「つきましては文芸部に書類の再提出をお願いしに行ってください」
「え゛ッ⁉」
「? どうかしました?」
「いや……別に……」
「では、これを」
生塩リラから書類を受け取る。
不備を探すと、なんと予算について記述する欄がずれているではないか。
「……なんで気付かなかったんだ?」
「それはこっちが聞きたいところですが……そういうこともままあるのではないですか? 文芸部が空白くん最後の担当だったのもありますし、疲れてたのでは?」
「そうかなぁ」
ボンヤリとした返答をしながら、確かに疲れていたのかもしれないと思いなおす。
「では、そういうことで♪」
そう軽やかに告げると生塩リラは自分の席へ帰っていく。
立ち上がって後を追いかける気にもならず、燈はぼんやりと紙切れを眺めていた。
※
「はい。これでいいはず、ですよね」
「うん。確かに」
「もう一回はなしでお願いしますよ」
「ごめんって……」
今度こそ提出用紙を埋めながら、ミサキと燈はそんなやり取りをする。
思えば昨日と似たような光景であり、とはいえ前日と違う点といえば。
「もー、ミサキちゃんってばツンケンしちゃってさ! 先輩も先輩で弱気なのはいけないですよぉ~」
「いやでもオレ悪かったし」
「別に、センパイだけが悪いわけじゃ……」
「はいはい。辛気臭くなるからそういうのはヒバリさん良くないと思いまぁ~す」
ぱんぱんと海野ヒバリはその場を収める。
ミサキの文芸部に所属するもう一人の部員(半幽霊)が彼女である。
「てか先輩って生徒会だったんですねー。まえライブハウスでバイトしてたからそれはないって思ってましたよー」
「いや生徒会じゃないんだよ。オレはお手伝いだけで……」
「ヒバリ、あんたさっきも同じようなこと言ってた」
「あれそうだっけ?」
ちなみに燈とは顔見知りの後輩であった。
顔見知りと入ってもバイト先で見かけたことがある程度のものであるのだが、明るそうな彼女が気難しそうなミサキと友人で二人きりの文芸部に所属していることは少々以外に映った。
「センパイ、なんか失礼なこと思ってませんか?」
「いや別に」
そんな風にごまかしを入れる。
どうにもこのミサキという後輩は気難しそうで対応に苦慮する。
普段なら苦手なタイプだ。
「それにしても部活動を維持するって大変なんですねー。勉強になりますよ」
「……ヒバリくん、きみは幽霊部員だと聞いたが?」
「そーっすよ。ミサキちゃんに籍だけおいてくれないかって言われておいてるんす。てか別にミサキちゃんも文芸なんて興味ないしやってないですよ。体のいいたまり場になってるのが真実では?」
「……あんたね……」
ミサキが何とも言え寧眼差しを向ける中、
そうだろうねぇ。と燈は内心で思う。まあ別にそれを咎める気もないが。
ふと。
「あ、そうだ」
海野ヒバリが何かを思いついたかような声を上げる。
「先輩が
思わず目を丸くする燈とミサキの二人。
「だってワタシたち1年でそこら辺の書類話よく分からないし、先輩は帰宅部で暇って話ですし、いいんじゃないですか?」
「ヒバリ、貴女ね……センパイも何とか言ってくださいよ」
「……」
燈はふと考える。
確かに暇人だが、別に文芸部に入るメリットらしいものもない。
普通に断ればいい場面である。
だが、
「べつにいいよ」
燈はそんな風に答えた。
「やったー」とテキトーに喜ぶヒバリとびっくらぽんなミサキ。
この決断は気まぐれなもの。
まあ別に、さしたる意味はない。
暇人なのは事実だし、生徒会の手伝いやアルバイトばかりというのもどうかと思っていたころ合いだったのだ。
大して忙しい部活動ではない(何なら多分何もしない)のだし――。
「
そのように答えた。
困ったように顔を歪ませるミサキがなんだかおもしろいなと、燈は思った。
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