第27話 宴
「……でもそんな昔の――それも有名人でも何でもない人間のことなんて、今更分かるものなのか? それこそ噂話なんじゃ……」
寝目田は頭の中に湧いた疑問を、そのまま口に出した。
「これは
これは開ノ戸が粘り強く調査していることを聞きつけた年配の男性から打ち明けられた話なのだという。
当時竹子母子の殺害現場を見てしまった彼の父親は、長年誰にも打ち明けることができず苦しんできたが、亡くなる直前になって息子であるその男性だけに打ち明けたのだとか。
『父はずっと、本当は被害者である竹子さんが我が子に手をかけた母親という濡れ衣を着せられた挙句、悪霊扱いされていることをずっと気に病んでいた……そう申しておりました。だからせめてもの供養代わりにと――』
開ノ戸の話を耳にした男性は、真実を告げるなら今だと思い打ち明けてくれた。
「今までお前以外に調査しようと思う人間すらいなかったんだろ? 殺された上に、息子殺しの汚名を着せられたんだ。そりゃ噂した人間を恨むこともあっただろうさ」
胸糞悪いとばかりに、細マッチョはカップに入れられたコーヒーをグイっとがぶ
飲みする。
「竹子さんが亡くなってからも、犯人の若者たちの中に土地の有力者の息子が混じっていたこともあって、この件は長年真実がわかりませんでした。犯人とその仲間たちも戦死したり、戦後の混乱で行方知れずになったりとバラバラになっていましたから。それでも有力者の家系はずっとこの地で力をもっていたから、真実を知る者も口を閉ざしていたようです。私の父も祖父もまるで知らなかったようでしたから」
細マッチョの言葉を引き取るように、住職が遠くを見つめながら、どこか悔やむ
ように話す。
その場が少ししんみりとした空気に包まれる。
だがそんな空気にはお構いなしで、寝目田は頭に浮かんだ疑問を突き付ける。
「いや、ちょっと待ってくれ! なんで俺の見たのが、その竹子って不幸な女だと
分かるんだ?」
三人は勝手に結論づけているが、竹子とかいう寝目田の知らない怪談噺の登場人物が、ここ最近自分が悩まされている女と同じだとどうして決めつけられるのか?
その方が話としては収まりが良いのだろうが、当事者としては納得できない――寝目田は反発にも似た気持ちで疑問をぶつけた。
「分かりますよ。あなたの話に登場する女性の髪形に服装、それに崩れた顔というのも、この土地に伝わる怪談噺での竹子さんの容姿と重なりますから。それに――」
こともなげに住職は言うと、そこで言葉を切って、開けたままのカーテン越しに見える庭に視線を移した。
少し芝居がかっているようにも思えるほどに、思わせぶりな動作に釣られて寝目田も真っ暗な庭を見る。
そこには、幼い子どもを抱いた例の女が立っていた。
いつもの服装ではあるものの先ほどまでの恐ろし気な顔ではなく、すっきりとした美しい顔で黙って部屋の中を見ている。
真っ暗な庭に立っているのに、全身から光を放っているのか、部屋の中からでもはっきりと見ることが出来る。
「うわっ……!」
開ノ戸と細マッチョの二人も同じく庭を眺め、二人とも一瞬動揺したものの、開ノ戸はすぐに笑顔になると丁寧に一礼をした。
それを見届けると、女もわずかに笑みを浮かべると小さく一礼をすると、抱いていた子どももろともフッと姿を消した。
※
それから一年後。
寝目田は、開ノ戸に紹介された細マッチョが経営する会社で働いていた。
コミュニケーション過多なものの、親分肌の細マッチョは従業員を大切にして
おり、会社は驚くほどホワイトだった。
新しい物好きの社長は新しい技術にもアンテナを常に張っており、無理のない程度に事業拡大にも積極的で、会社の経営も良好。
時間にも経済的にも余裕が出来てきた寝目田は、最近気になる人も出来たりする。
そして肝心のあの女だが――あれ以来、夢にも現実にも出てくることはなかった。
社長に連れられて開ノ戸宅へも時折足を運ぶことがあるが、そこでもあの女もその息子らしき幼子も目にしたことはない。
それは家の主である開ノ戸も同じだというが、それでも赤い花を離れに供えることは続けている。
再び女と関わりが出来るのが恐ろしくて、寝目田は気まぐれに誘われる開ノ戸家への訪問を断ったことはないが、赤い花が供えられていなかったことは一度もなかった。
でもなんとなく、もう彼女は出てこないのだろう――寝目田はそんな気がしている。
季節はまた秋を迎え、冷たい空気が頬に心地よい。
それでも確実に昨年とは違う季節を生きている。
一年前とはまるで違う澄んだ空気を大きく胸に吸って、寝目田は今宵も開ノ戸家で行われる宴を楽しむことにした。
(完)
赤い花 音織かなで @otoori
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