第26話 真実

「私も祖父から又聞きしただけなのですが……」


 そう前置きすると、住職はありし日のうら若き女性に起きた不幸な話を語り

始めた。


 当時遠方の旧家からこの土地の地主の家に嫁いできた竹子さんは、子宝にも

恵まれ、当時としては裕福な生活を送っていたそうです。ですが夫が戦死し、そのショックで義両親も相次いで亡くなったことで境遇は一変しました。


 いつの間にか広い母屋には他人が住み始め、気づけば本来なら家の主であるはずの竹子さんは幼い息子と共に離れに住むようになっていたそうです。


 元々は世間知らずのお嬢さんでしたからね。

 遺産争いで不利な条件で丸め込まれてしまったのかもしれないですね……。


 それでも実家にも頼れない事情があったのか、竹子さんは小さな息子と一緒に離れに住み続けたそうです。


 心配した私の祖母は時折様子見がてら食料をもって行ったりと気を配っていたそうなのですが、いつ訪ねても竹子さんは決して弱音を吐くことなく、祖母も貧しさを感じることはなかったと言っておりました。


 そこはやはりプライドがあったのかもしれません――少なくとも祖母はそう思い、半ば押し付けるようにして食料や衣類を渡していたそうです。


 しかしある晩、竹子さんは幼い我が子を手にかけると、自分は近くの川に身を投げてしまいました。  


「まあ、今から考えれば、胡散臭い話だよな。電灯も満足にない時代の夜更けに、

人が川に飛び込むのを偶々目撃した奴がいるって話だからな」


 ここで細マッチョが腕を組み、憮然とした表情で不服を述べる。

 するとすぐに開ノ戸がたしなめた。


「こら、住職の話の腰を折るな。時系列順に話してくださっているんだから」

「へいへい」

 

 細マッチョが静かになったのを確認すると、住職は静かに話を続けた。

  

 頼る者のない若い母親が幼い子どもとの未来を悲観して亡くなった――分かり

やすい筋書きは、すぐに土地の人間たちの間で広まり、誰一人疑う者もなく広まっていきました。


 そのうちに今度は「亡くなった竹子さんの話をした者は呪われる」なんて噂まで広まりだし、当時住職だった祖父の下にも何人もの人が「自分は呪われていないか」と相談を受けたと聞いております。


 その後すぐに戦争が起こり、それどころではなくなったのですが……。


 それでもこういった怪談は、いつの世でも人の興味を惹くのか、今に至るまでこの呪いの噂だけは途切れることはなかったのです。


 何の因果か誰も継ぐ者のなくなった土地と家屋はうちの寺に流れ着いたのですが、そういった曰くのある土地と建物ですし、誰もいつかず、正直持て余していました。


 そこに現れたのが、こちらの開ノ戸さん……と奥様だったのです。


 当時すでに住職だった私は、他所から来たご夫妻を騙すような形になっては申し訳ないので、正直に土地で流布されている怪談についてお話ししました。しかしそれでも良いと言ってくださったので、私どもも胸をなでおろし、安心してお貸しすることが出来たのです。

  

 皆様ご存じの……とばかりに、住職はとうとうと話す。

 だが地元の高校を卒業してから、就職のためこの街に引っ越してきた寝目田は当然知らない話だった。

 正直、事ここに至っても、いまだ現実味がない。

  

「どうやらここら一帯では、竹子さんは幼いわが子を手にかけ、自分は近くの川に身を投げた不運を恨み、自分のことを語る人間を呪う悪霊のように言われておったのが、不憫でね……。妻も気の毒に思って、少しでも慰めになればと住む決意をしてくれたんだ」


 妻といた在りし日のことを思い出したのか、しみじみとした静かな口調で開ノ戸が住職の話を補足する。


「変わった夫婦だよな。しかも謎解きまでしてしまうんだから」


 少しだけしんみりとした空気を、空気を読まない細マッチョが打ち破る。

  

「謎解きというか……自分のことを話す者たちを恨む――それに違和感を覚えて調べたくなってね」


 はじめは単なる好奇心だったが、調べていくうちに開ノ戸は確信を深めていったという。


「数少ない生前の情報と話に出てくる竹子さんの人間像があまりにも違う」


 そうして調べまわっているうちに分かった事実は、あまりにも惨いものだった。


 嫁ぎ先の夫も義両親も失った竹子は、貧窮しているどころか、実は幼い息子と共に財産を受け継いでいた。


 母屋を他人に住まわせていたのは、将来に備えて他人に貸して、賃貸収入を得ていただけ――そんな堅実な竹子の懐具合を知った土地の若者たちが、息子もろとも竹子を殺し、それを心中に見せかけた――それが開ノ戸が知った哀しい真実だった。

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