第3話 遭遇、邂逅

 一度思考を切り上げた蕾は、どのようにして逃げ切るかを考え始めた。


 とにかく、今できることは逃げの一択。


(木々を盾にして、なるべく"あれ"の正面に立たないようにすればいい。避けられないほどの速さではなかったのですから)


 蕾がそうして逃げようとしたとき、先ほどから前方の怪物が自身に一切の反応を示さないことに気づいた。


 あれだけ長考していればもう一度くらい攻撃を仕掛けてきてもおかしくない、何故かと思って怪物を見てみる。


 怪物は完全に自身を見失っているようで、今は突然のことに困惑している様子。


 刃となっていた触腕は体と同じく丸みを帯びたものにじんわりと戻っていき、徐々に警戒を解いていっていることまで分かる。


 理解できずに自分の体を見てみると、そこにあったのは先ほどまで自身の体に隠れて見えなくなっていた草木の数々。


 衣服も、先ほど受けた傷も含めて、自身の体全体が透明になっている。どうりで先ほどから怪物の反応がないわけである。これなら楽に逃げることができる。


 ……逃げるだけでいいのだろうか。この怪物が自分を追いかけてこないという保証はない。ならば、今ここでこの危険物を取り除くほうがいい。


 ここまで警戒を解いているのならば、不意をつけば、この怪物を倒せるのではないか。


 音を立てないように忍び寄り、右手を振りかざす。


 先ほどこの怪物がやったように、自身の手を刃に変えればいい。体を透明にすることが出来たならば、これもできるはずだ。


 いや、できる。


 先ほど怪物がやっていたことを再現すればいい、ただそれだけ。目を閉じて意識を右手に集中させる。じんわりと、右手の形が変わっていくのが分かる。怪物と同じように、手を刃に変えることが出来たのだと確信した。


 あとはこれをこの怪物の中心に振り下ろせばいい、簡単なことだ、一切躊躇う必要はない。透明になっていた体が再び現れてくる。


 ──どん、


 振り下ろそうとしたとき、破裂音が聞こえてきた。その音が森に響いていくうちに、怪物の体に何かが突き刺さっていくのが見えた。


 怪物は何が起こったのか把握できていないようであったが、一秒、二秒と経つうちに体が中心部に収縮していく。

 

 触腕だったものが繊維質になったかと思えばその瞬間にぼろぼろになって崩れ落ち、最後にぐしゅる、という気味の悪い音と「ぎゅぴっ」という悲鳴のようなものをあげて破裂した。


 怪物が破裂したことでピンク色の液体が──血液としたほうがいいかもしれないが──周りに飛び散ったのだが、これでは辺りは何らかの事件現場にしか見えないだろう。


 蕾も、変形させていた手を元に戻してしまった。着ていた服に──袖口にフリルのついた白のブラウスと黒のブーツにピンク色の液体が少し付着してしまったが、本人は気にしていないらしい。そのまま先ほどの破裂音の方へ視線を向ける。


(──銃声?二発目が撃たれる気配がない……敵意は、ないのでしょうか)


 がさがさと草木を掻き分ける音がしばらく続いた後、茂みから出てきたのはスーツを着ている青年であった。走ってきたせいかそのスーツは乱れているが。


 青年は額に汗を滲ませて息を切らしている。怪物だったものを見てため息を吐くと「当たってよかった…」と胸を撫で下ろし、続いて蕾を見ると、血相を変えて蕾の両肩を掴む。


「大丈夫ですか!? 怪我はありませんか!?」

「怪我……足を、少しだけ」


 先程の怪物に少しだけ切り傷をつけられた蕾の右足から、赤い血液がゆっくりと垂れていた。


 青年はそれを見ると、慌てて胸ポケットからハンカチを出してその血液を拭き取り、そのまま同じハンカチを傷口に巻いて結びつける。


「……ありがとうございます」

「本当に申し訳ございません、今はこれくらいしかできなくて。後々しっかりとした処置を致しますので……!」

「いえ、気にしないでください。それより」



「早く、私を『施設』に案内していただいてもよろしいでしょうか」

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