第17話 《配信》門 4
土煙が立ち昇り、ヴァランティスの姿は見えない。
けれど、あの攻撃だ。生きていられるわけがない。彼は死んだのだ。そう、視聴している全ての人が思った。
ただ、一部の人は訝しんでいた。それは、配信がまだ終了していない、ということだ。
一般的に配信主がダンジョンから出た訳でも、死んだ訳でもないのに、配信が終了しないというのは除き有りえない。神々が介入してくるなどという例外などもあるが、この場合、なぜ神が介入するのか不明だ。別に特段、神が介入するような理由はなかった。
そこから導き出されるのは、彼、ヴァランティスがまだ生きているということだ。
土煙が上がると、そこには、ケルベロスの一撃を片手で受け止めて、立っているヴァランティス。その体には、頬と右腕にあったはずの傷が全て癒えて消えている。
有りえないことだ。なぜ、生きているのか。
それらの疑問がケルベロスの頭の中で生じる。
ケルベロスの毒を人間ごときが、耐えれるはずがない。英雄でも、不可能だ。それこそ、現人神といった存在に片足突っ込んでいてはじめて、可能性が残っているのだ。
「ハハハ」
ヴァランティスは、ゆっくりと、ケルベロスの右足を押し上げながら、笑っていた。まるで、全てが予定調和だったとでも言うかのように。
ある意味、それは正しい。彼は特別な体質だった。これまで、その力が本当に世に晒されることはなかった。なぜなら、その前に彼と対峙した魔物は倒された。
彼が持つ特異な力は自らに死が近づけば近づくほど数分だけ強くなるという、なんともハイリスクハイリターンな力だった。
しかも、この力。自分の意志でコントロールすることができる。ヴァランティスだから、という注釈がついてしまうが。それでも、破格だ。
どういうことか、彼は、自らが死ぬ瞬間にその力使ったのだ。自らに死が近づくほどに強くなる力を、本来であれば、戦うというその瞬間から発動できるはずなのに、最初から使わかなかった。
なぜ、そんなことをしたか? それにはもちろん理由がある。それは、彼が力を行使せず溜めておいた場合、その溜められた力は死に近づくほどに累乗していくからだ。
ヴァランティスは自らの体の異変に気付き、またそれが毒である可能性を見越した。今、力を使っても
普通では考えられない選択だ。いや、思いついても実行しようとする人はどれだけいるだろうか。
ケルベロスの右足をいとも容易く、押し返し、右手で剣を構える。
一振り。たった一振りで、右足の指を斬り飛ばす。
グラァァァァァァ
痛みのあまり、叫び声を上げ、飛び退く。その姿はあまりに憐れ。だが、その体からあの毒が出ている。
垂れ落ちた液が、土を溶かす。そして、その毒は濃度が高くなったのか、赤みを帯びていく。
だが、そんなことに臆することなく、ヴァランティスはただ、剣を上段に構えて振り下ろした。
空気を斬り裂く音が鳴ったかと思うと、ケルベロスの背に巨大な切り傷が出来る。血が噴出し、悲痛な声がダンジョン内で木霊する。
「真っ二つにはできなかったか……」
口惜し気にヴァランティスが言う。というか、真っ二つにするつもりだったのかと、つっこみたくなる。
危機を覚えたのか、ケルベロスは駆ける。毒さえ効けば勝てる。そういった思惑があったのかもしれない。
そうと分かっているのだろう。ヴァランティスは接近戦を回避したいようで、地を蹴り、天井スレスレに近づく。
見上げるケルベロスに剣を一振り。避けること叶わず、首の骨まで断ち切る。これまでで一番とも言うべき絶叫と、爛々とした二対の眼が彼に注がれる。
横目にしながら、地面に着地し、構えるヴァランティス。その姿に隙はない。
落ちたケルベロスの頭は一瞬にして崩れ溶けていき、毒の溜まりを作る。その様子を、片方の頭は見ている。最後までそれを見届けると同時にケルベロスは笑みを浮かべた。
本当に一瞬のことだった。時間にして3秒。たったの3秒。あたり一面に、噎せ返るような瘴気が充満する。どこから出てきたのか? 毒の液体が溜まったそこから噴き出すようにして、だ。
ヴァランティスは急いで息を止めるが、いつまでもそうしていられるわけではない。速く決着を付けなければ、そう決断した瞬間だ。体がふらつく。
それを見逃すケルベロスではない。果敢に攻めかかる。もちろん、ヴァランティスも黙ってやられるわけがない。剣を振り、斬撃が飛ぶ。しかし、そこに先ほどの威力はない。
完全に、攻めと守りが逆転した。
首を刎ねられた恨みを晴らさんとするために、ケルベロスはヴァランティスに飛び掛かった。
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