第18話 《配信》門 5



 地面を踏み締め、猛然と襲い来るケルベロス。体からは毒の瘴気が立ち昇っている。踏み締めた地面には焼け溶けたような跡が残る。


 まるで、死を体現したような存在だ。生きていることを真っ向から否定するような存在だ。


 勝ち筋は薄い。水の中で動いているような有様。


 ヴァランティスは剣を振り上げる。この一撃に全てをつぎ込むつもりで、力を込める。


 一瞬で決着はつく。意識を逸らせば、そうでなくとも、瞬きをするだけで、命の灯が消える。そんな瞬間。


 剣を振り抜く。


 それを見越していたのか、身体を捩り、回避しようとするケルベロス。だが、それよりも、


 右の頭と右足を斬り離される。


 ドウッ


 倒れる音、巻き起こる土煙。ケルベロスは死んだ。間違いなく。戦いは、終わった。


 緊張の糸が切れた。ヴァランティスはゴツゴツとした岩肌の壁に背をもたれ、座り込む。口元を拭えば、手に血がつく。視界はぼやけ、死が近づいているのを感じ取れる。


 悔いはない。彼はそう言える人生を送っていたし、ダンジョンに入るようになってから、その傾向はさらに強くなっていった。


 恐れるものなどない。ただ、彼の心の中は満足感で満ちていた。



 どれほど経っただろうか、もはや、指を曲げるというその動作でさえ億劫だ。


「これが、死か」


 目を閉じれば、まるで走馬灯のように過去の思い出が甦る。


「ふむ、死ぬには少し早いだろう」


 どこからともなく、そのような声が聞こえてきた。


 門を通って帰ってきたものはいない。いずれも、闇の中で何もできずに死んだ。つまり、ここに人が来るはずなどないのだ。だが、実際にはどうだろうか? 前方に気配を感じる。


「……死神か?」


「クハハッ 私が死神か、だと? 面白い冗談だ。確かに、貴様ら人間から見れば近い存在であろうがそんな間違いをされては困る」


「誰だ!」


「誰だ? 口に気をつけるのだな。今貴様の目の前に立っているのが誰かわからないのか?」


 その言葉と共に、目の前の気配が変わった。


 それは圧倒的な死そのものだった。そして押し寄せる締め付けられるような重圧。その一瞬の合間に、ヴァランティスは数えられないほどの死を知覚した。


「フッ、まぁいい。それなりに面白い余興を見せてもらった。それに免じて命は取らぬ」


 重圧が消え去る。


「ただ、まぁ貴様の実力ではこの先にはいけぬであろう。今は気分が良い。送り返してやろう」


 その言葉が最後だった。


 気づけば彼は病院のベッドで寝かされていた。ただ、ネットに記録されたダンジョン配信だけが、最後に現れたナニカの存在を肯定していた。





配信されたダンジョン

:オリュンポス

 ギリシャ神話の神々が創造したダンジョン。階層という区分はない。オリュンポスをそのままの状態でダンジョンとして流用したので、ダンジョンはとても広い。また、ヴァランティスが戦ったケルベロスは仮初の存在であり、本来の力を発揮していない。また、ケルベロスの守っていた門を通ると、冥界に着く。そして、ヴァランティスが今回通った道は裏道というか、移動短縮のための普段は使われない道で、正門ではない。


今回の主人公

:ケルベロス

系統

:幻獣

説明

:三つの獅子の頭を持つという、あまりメジャーではない伝承の姿。だが、役割そのものは、変わらず、冥界(地獄)の番犬をやっている。ただ、ダンジョンの冥界に入る資格があるかどうかを審査するという側面が強く、ある程度弱体化した体で戦っていた。


???

系統

:***

説明

:ギリシャ神話で有──「知りたければワンコロを倒してこい」



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