第15話 《配信》門 2
闇黒で満ちたその場所。
静まり返り、ヴァランティス・アタナシウの息を吸い、吐く音、それと足音、ただそれだけが聞こえる。
ピンと張り詰めた空気が、さらに高まっていくように感じられる。
〈闇〉
〈謎の技術でだけはちゃんと見れる〉
〈敵どこよ?〉
〈暗すぎ〉
〈何このダンジョン〉
〈本当に謎の技術〉
光はない。むしろ、ここまで暗いと目に頼るのは悪手であると判断したのだろう。先ほど、懐中電灯を灯していたが、数秒後、何もなかったかのように消してしまったことから、そう判断できる。
そして、4分後。暗闇の中を歩み続け、ヴァランティスが初めて、硬い岩石を踏んだような音が鳴り響いた。
それと同時に『ボッ』と、松明に炎が灯っていく。全ての松明に炎がつくと、その広間といった大きな空間だということがわかる。けれど、ヴァランティスが歩いた距離を考えると、少し狭いと感じる空間でもあった。
ヴァランティスの背後にある岩壁には数秒歩けばついてしまうし、またこの部屋に扉はひとつしかないが、その扉は、ヴァランティスの目の前にあるのだ。
一周してしまったなんて、そんなミスを犯すようなヴァランティスではない。つまりは、ここは何らかの行動をすることによって入ることができる場所と考えたほうが普通だ。
〈急に現れた謎空間〉
〈無駄に凝った部屋〉
〈あの生き物なに?〉
〈松明……〉
〈ようやくまともにダンジョンの内装が分かった〉
〈広い〉
この広間の大きさはいわゆる東京ドーム1つ分、と表現できるような広さであった。その広間の中で最も目につくのは、ヴァランティスが目の当たりにしている巨大な扉。そして、その扉のすぐ前で、守るように伏せているこれまた巨大な哺乳類の特徴を備えた何か。
その“哺乳類の特徴をそなえた生物”には、しかし、一般的な哺乳類とは呼べぬ特徴も備わっていた。例えば、鬣は、竜の尾であった。しかし、その生物は竜であるということはもちろんない。なぜなら、蛇の存在も鬣の一部をなしており、むしろキメラと読んだ方が正しいとすら思える。けれど、その生物はキメラではなかった。もっと相応しき呼称があったからだ。
それは三つの頭を持つ巨大な獅子。死者を貪り喰らうもの。冥界の化け物。地獄の番犬。多く知られる名はケルベロス。
獰猛で残忍。何がどうなったのかは知らないが、ケルベロスには三つの頭を持つ犬の姿と、三つの頭を持つ獅子の姿という大まかに分けて二つの伝承がある。
犬の方が一般的で、獅子の姿があると言うことなどネットを漁ったものでしか知らなそうにないし、どこをどう間違えたらイヌ科とネコ科を取り違えるのかわからないが、そういったあり得ないことが平気で起こるのが神話の面白いところ。
だが、あまり深く考えない方が良いだろう。そういうものだと考えていなければ、ダンジョンにはこのような謎理論の世界が展開しているのだ。一つ一つ考えていてもキリがない。そんなものは、学者か何かに任せておけばいい。
〈ケルベロ……ス?〉
〈ワオ〉
〈かわいいね〉
〈獰猛な犬(ケルベロス)〉
〈でっか〉
〈つまり、あれは冥界の扉?〉
〈つよそう〉
〈これ、勝てるの?〉
〈人ひとり飲み込めそう〉
〈地獄の門だ〉
ケルベロスの三つの頭のうち、二つが眠っており、一つだけが、目を開けて起きている。人を睨むだけで殺せそうな眼圧。それが、ヴァランティスに注がれる。
されど、ヴァランティスにとっては、微風かそれ以下の何かのように感じられるのだろうか、呑気に欠伸を噛み殺している。
舐められている、実際にそう思ったのかは知らないが、ケルベロスは立ち上がり
グルルルルル
と、唸り声を上げる。
〈なんで、笑ってられるの〉
〈黒色の犬?〉
〈肉食獣の唸り声。間違いない〉
〈私たちは今、歴史の転換期を目の当たりにしている〉
〈誰だよ、かわいいとか言ったやつ〉
〈どういう骨格してるんだろ〉
寝ていた、もう二つの頭も、目を開け、唸り声を上げ始める。
「来いよ」
不敵な笑みを浮かべ、相手を煽るヴァランティス。
その言葉に弾かれたように、ケルベロスが、ヴァランティスを噛み殺そうと、駆け出した。
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