参 三頭獅子
第14話 《配信》門 1
決意の滲んだ瞳に映るのは、振り下ろされる獣の肉球。残念なことに、可愛らしいものでは一切ない。ただ、実用的なソレが、無慈悲に、彼の命を奪おうとしている。
満身創痍で、立っているのもやっと、といった有様の彼は、まるで死神が彼の喉元に大鎌の刃を突き付けられているようだ。死が彼を喜び歓迎している。そんな風に思われる。
けれど、当の彼は、諦めてはいなかった。死が目の前に突き付けられていると言うのに、まだ何か切り札があるとでもいうように、口元を歪め、満面の笑みを浮かべている。
とは言え、そんなことに獣が気づくはずもなく、ただ、無造作に、腕が振り下ろされた。
土煙が巻き起こり、彼が生きているのか死んでいるのかは判別できなくなる。
ただ、獣は己の勝利を確信するように、猛り声をあげたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
誰も開いたことのない“門”がある。
ギリシャ神話の神々が作り出したダンジョン『オリュンポス』にある門で、隠されているようにひっそりと存在するその門を見つけたのは、ダンジョンが誕生して6年経ってからであった。
判明してからも、誰も“門”を開けようとはしなかった。いや、正確には国連ダンジョン協会が待ったを掛けたというべきか。
国連ダンジョン協会はダンジョンが誕生してから1年ほど経った後にできたもので、ダンジョンの情報の総括や、神々との対話をするなど、現在は幅広い業務を行っている。
その業務の中で、危険と判断される魔物及びダンジョンの範囲なども指定している。そこに『オリュンポス』の“門”も指定されたのだ。それも、発見された1時間後に、だ。
となると、誰も入りたがらない。探索者は命がかかっている。出来るだけ安全を心掛ける人の方が多く、また考えなしが到達するような場所に“門”がなかったこともあり、1年間、誰もその“門”を開こうとさえしなかったのだ。
国連ダンジョン協会が入っていないのか? これについては、色々言われているが、結論としては入っていないし、開けようとすらしていない。
つまり、だ。今、“門”の前でよく整えられた髭の目立つ顎をさすりながら、獰猛な笑みを浮かべている彼が、初めてこの“門”を開くということになる。
「それじゃあ、はじめるとしますか」
陽気な声色で、そう言ったのは、ヴァランティス・アタナシウ。ギリシャで上位3つに数えられる実力を持つ探索者であり、15年間、ダンジョンで戦い抜いたベテランだ。
むしろ、15年間ダンジョンに潜り続けていたからこそ、“門”を開けることを政府も、国連ダンジョン協会も認めうるしかなかったのだ。
もしも、彼ですら生き残れないような場所であるならば、それは諦めるより他はない。そうであったならばあと数年、もしかしたら数十年、誰も入れないかもしれないような場所であると判明するだけだ。
〈不気味〉
〈今日もいい笑顔ですね〉
〈ホラー映画の前振り?〉
〈中はどうなってるんだろう〉
〈これが例の門ですか〉
〈 ( ゚д゚) 〉
〈最近流行りのアトラクションみたい〉
〈雰囲気がねぇ〉
岩を動かし、250段もある階段を下ってようやく開けた場所に出る地下にあるというのに、あまりに巨大なその“門”。彼と比較して見ると、二階建ての家より同じぐらいの高さ。色は黒を基調としており、“門”に装飾された不気味な蛇や形容し難い魔物の瞳としてはめ込まれた赤く光る石がアクセントを加えている。
“門”には取ってやドアノブと呼べるようなものはない。ただ重圧で誰にも開くことが出来ないように見える。
「行ってらっしゃいませ」
ヴァランティスの後ろに控えていた15名のうち一人が代表してそう声を掛けた。
「おう、期待しとけ」
具体的にどんなことに期待すればいいか、本人もあまり考えずに言っているだろうことが伺える言葉で答える。
ヴァランティスは片方ずつ門に手を置き、力一杯に押した。『ゴゴゴゴゴ』と音が鳴り、門が開いていく。中に光はなく、また何かに阻まれたように光の筋もない。ただただ、闇が広がっていた。人が一人通れるほどの幅が開き、ヴァランティスは門を押すのを止め、中に足を踏み入れていった。
ギギ ギ ギ ギギ
ガタン
扉が閉まり、後には15名の役人がいるだけとなった。
*ダンジョン配信のコメントは英語やドイツ語、フランス語、イタリア語、ギリシャ語、その他諸々であり、作者が一々翻訳ツールを使って書くのが面倒だということと、どうせほとんどの人が読めなくなってしまうからやめておいた方がいいだろうと判断したため全て日本語になっています。
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