第12話 《配信》恒例行事やりたくないけどやるよ 4



「先ほどから何度も事前に情報を集めろ集めろ言っていましたが、こういう事前に情報のない相手に会ってしまうと、テンパってしまうことがあります。これはしようがないことですが、こういうこともあると事前に心構えでもしてないといけません」


 キュー


 タヌキはこちらに歯を剥いて威嚇してくる。やだ、ちょっと可愛い。


〈たぬき〉

〈心構えは重要だよね〉

〈キュー〉

〈強面なのにw〉

〈事前に調べても意味ないんじゃ?〉

〈あ〜、そういう奴いるよね〉

〈🦝〉

〈洞窟にタヌキ?〉

〈イレギュラー相手に戦おうとする奴はだいたいテンパってる〉

〈ダンジョン配信に現れた癒し枠〉

〈ちょっと怖いんだけど〉


「初めて会う魔物には気を遣つかって戦ってください。何が起こっても大丈夫なように心を引き締めてかからないといけません」


 タヌキが俊敏な動きで前足を振り落としてくる、が見事に空振り。私はとうに飛び退っている。ザマァと舌を出したいところだけど、一応解説しながら戦うつもりなので自重。


〈タヌキの動きじゃない……〉

〈華麗によけた〉

〈攻撃エグ〉

〈話してて大丈夫なんですか?〉

〈速くね?〉

〈これが上級者向けか〉


「とりあえず、自分の場合はまず相手の特徴を掴むためにひたすら避けます。もし、最初から攻撃を仕掛けたい場合は全力を出さず手を抜いて攻撃してください。また、その攻撃はそもそも効かないだろうという前提のもと動いた方が良いでしょう」


 追撃を余裕を持って、離れた距離で回避する。洞窟の壁や天井が砕け散っていくのもおかまいなし。


〈解説助かる〉

〈岩がプラスチック素材みたい〉

〈最初にぶっ放しちゃいけないんですか?〉

〈うるせぇ、道路工事現場かよ〉

〈翻弄されまくっとるタヌキ可愛い〉

〈それなってない人多いんだよな〉


「何となく掴めてきました。あのタヌキの速さはそこそこですが、まぁそれでもそこそこで片付けられます。攻撃力という点で言えばかすっただけで怪我を負いそうですが油断しなければ当たらないでしょう」


〈ほえ〜〉

〈力こそ全て〉

〈ジャンプ力しゅごい〉

〈脳筋のタヌキ?〉

〈この高速戦闘に誰もツッコミを入れないことに疑問を覚える〉

〈筋肉は全てを解決する〉


 タヌキは両前脚を振り回し、私の命を刈り取ってやろうと全力を尽くしているようだが、残念かな、もう、それは見切ったのである。振り下ろされる右足の攻撃、それに敢えて前に出る。右手で短剣の刃を上に向け、タヌキの右腕に沿って撫でるようにすれば、あらびっくり。短剣はいとも容易く右腕を切り裂き、血が撒き散る。私はそれを確認する前に左側に走り抜ける。もちろん、血を浴びないためだ。


 そうすると、タヌキと私がすれ違っただけなのに、タヌキが右腕を負傷した。そのように視聴者は見えることだろう。とはいえ、一部は私のしたことを一瞬にして理解しただろうが、そんな少数派には触れないでおく。


 ウー


 痛みのあまり、鳴き声がでた。う、可愛い。だが、それでも敵は敵。倒さなければいけない。


「少し攻撃をしてみましたが、これ以上なにか特別な技もないようなので倒します」


 タヌキは苛立たしげにこちらを睨んでくる。そこには殺意があった。それと同時に、先ほどまで感じていた手を抜いているような雰囲気がなくなった。慢心をしていたのだろうか。けれど、関係ない。あとは、首を刎ねるか。


 再び走ってくるが、そこに俊敏さはもう無い。前右腕を切り裂いたことが響いているのだろう。こうなったらもう怖くは無い。カウンターで対処する。


 左脚が振り下ろされる。軌道は認識した。再び前に出る。からぶった脚が地面に直撃するかしないかの間に飛び上がり、短剣を持った右手を振る。何らかの力が働いた。魔法か何か。それが、短剣の刃に宿り、そのまま見えない刃を作った。


 ザンッ


 そしてただ、振り抜いた。何も感じなかった。肉を骨を切り裂いたそんな感触は一切なく、空を切ったような感触。だが、それはいつものこと。それこそ間違いなく刃がタヌキの首を刎ねた証拠。目視での確認をする前に、タヌキの肩を踏み締め飛ぶ。空中を滞空し、そして着地する地面が……ない。


 は? ありえない。目に映ったのは、崩れ落ちていく岩。原因は? あのタヌキの一撃。それに気付いた瞬間、私は苛立ちのまま叫び出したくなる気分に陥った。あのにっくきタヌキが放った渾身の一撃は地中にあった空洞かなにかとを寸断する岩壁をものの見事に破壊してくれたのだ。そのせいで、連鎖を呼ぶように私が着地する場所まで及んだと。


〈あれ?〉

〈刎ねた~〉

〈今目の前で信じられないことが起こっている〉

〈落ちとる?〉

〈 ( ゚Д゚) 〉

〈タヌキの置き土産w〉

〈こんな隠し部屋あったんだ〉


 落ちていく。だが、幸いなことに、五階分ほど下に地面が見えた。これならと、着地する為に体をどうにか動かす。問題は地面に落ちた岩だ。不規則で読みにくい岩の凸凹に対応しなければいけない。


 ええいままよと、気を引き締めれば土煙の舞う地面へと落ちた。足が地に着いた瞬間、膝を曲げ威力をころす。体に不慮の傷を負わないため、ダメ押しで前に転がる。


 幸い怪我無く着地(?)に成功。立ち上がると同時に周囲を確認しもしもに備える。が、特に危険は迫っていないようだ。これなら体操の着地姿勢でもとってファンサービスをした方が良かったか?


〈どういう状況よ〉

〈脆い岩質だった?〉

〈洞窟ってのは変わらん〉

〈素晴らしい技〉

〈土煙が多いのはマイナス〉

〈もうタヌキのことなんて忘れ去られてる〉

〈あんま変わらない光景〉

〈隠し~ってワクワクする〉

〈これがNo.3か~化け物だね〉


「誰が化け物だって?」


 スマホで視聴者たちの反応を見れば喧嘩を売っているとしか思えない言葉があった。ふっ、


「これも有名税ってやつか」


〈違う〉

〈断じて認めない〉

〈戦闘終わったからポンコツに戻った〉

〈あぁ、これよこれ〉

〈頭大丈夫ですか?〉

〈これがこよみクオリティ〉

〈もう手遅れだよ〉

〈あなたは間違えています〉

〈こんなのがNo.3なんて信じたくない〉

〈あ~あ、台無しだよ〉


 私はスマホに並ぶ罵詈雑言を無視してポケットにしまう。これぞ正しい対処法。


「やっぱ、私って天才?」


〈誰か、こいつに言ってやれ〉

〈あぁ、はいはいそうですね〉

〈戦いにおいては天才的〉

〈もうそれでいいんじゃない?〉

〈誰も認めてなくて草〉


 土煙が収まり、周りを見渡す。あたり一面先ほどと広さ以外はなんも変わらない洞窟のまま。唯一、天井に穴が開いて居るという違いはあるものの、そんなものは誤差。今は構っている暇はない。


 タヌキの遺体はとっくのとうに消滅し、それなりに大きい魔石。それなりの稼ぎにはなるなと、それを屈んで拾う。


「くふふふふ」


 笑いが止まらないとはまさにこのことだ。少なくとも本職の一週間分は稼いだ。守銭奴と言う言葉がどこからか聞こえてくるがそんなの無視だ、無視。


「さてと、それで、ここはどこなんだ?」


 最大の謎。同じ迷宮内だとは思うのだが、いかんせん、地図がない。それに上に上がるには高すぎるし、壁を使って登ろうにも少し幅がありすぎる。壁に凹凸はあるが、登れるだろうか?


 キキキ


 微かに音が聞こえた。発生源は、上。見上げれば、おぞましい姿のナニカ。それに気がついたのと同時に、カタカタカタと洞窟の奥から音が鳴り響き、こちらへと向かってくる存在が。これはどうやら登らせてくれる時間はないようだ。


 急ぎ、音の発生源とは反対に走り出す。それと同時に、天井に張り付いているナニカが追って来る。


 おいおい、と独り言ちる。私は残念ながら一人で多くの相手を蹂躙するのは無低いないタイプ。できて10体まで、音からして数十の相手は不可能だ。ここはひたすら逃げるしかあるまい。


 まぁ、上にいる奴もこちらと直接戦うのは苦手なようで、気付かれたのは予想外だった模様。暗殺者タイプと推察したので、最後まで何もしないで欲しいところだ。


「上に一匹、後ろに数十匹。大変な危機ですね」


〈ふ~ん〉

〈緊張感がない〉

〈危機?〉

〈これが裏ダンジョンってやつ?〉

〈言ってろ〉

〈余裕そう〉

〈うげぇ〉


 まぁ、後ろから追ってくる奴は引き離してる。あとは、、、


「どうしよ」


 あれ? これって逃げ場がない?


「これが終わってるってやつ?」


〈ここって常世なんだよね〉

〈何が?〉

〈え?〉

〈終わってるの?〉


 これは、マジでヤバい。この洞窟を出ないことには出れない。これがミイラ取りがミイラってやつ? ダンジョン配信注意がダンジョンで注意を受けるような結果になるって。ウケないんですけど。


 全力とまではいわないけど、走り続けて10分。ようやっと、洞窟の終わりが見えた。すなわち、洞窟の先に光が見えたのだ。


「勝った! 私は勝った!」


〈何にだよ〉

〈おかしくなった? あ、元々おかしかったか〉

〈幻覚でも見てます?〉

〈誰も心配してないw〉

〈誰に勝ったんだよ〉

〈これが信頼ってやつよ〉


 あぁ、光が、私の体を包む。さぁ、さらば洞窟よ!


───配信者「世界で一番かわいいこよみちゃん」

      がダンジョン名「黄泉」を出ました

15:13 配信名「恒例行事やりたくないけどやるよ」を終了します───


「ほえっ?」


 周りを見れば、何の変哲もない山の中へと放り出された。後ろを振り返ると、あたりまえのように洞窟がそこには鎮座している。


 再び入る。


───配信者「世界で一番かわいいこよみちゃん」

        がダンジョン名「黄泉」を出ました

           15:14 配信名「Part1442」を始めます───


「……どゆこと?」


 ダンジョンの前でホーホケキョ、とウグイスが鳴く声が聞こえた。




配信されたダンジョン

:常世

 階層というものがなく、ただただ広い世界が広がっている。神々が実際にある常世と人間の思い浮かべる常世を一緒くたにしたダンジョンで、場所によって様相をガラリと変える。そのため、魔物も自然に存在するようなものから、一風変わったものまで多種多様である。


:黄泉

 黄泉は常世の中に存在するという伝承があるため、神々が作ったギミックで、常世と黄泉がつながっている部分がある。それが、今回「世界一かわいいこよみちゃん」が入った洞窟。補足すると、「世界一かわいいこよみちゃん」がいたのは黄泉平坂よもつひらさかの部分で、黄泉自体には入っていない。しかも、この出入口は発見されている道ではなく、実際ある黄泉平坂の裏口。普通は見つけられない道であった。つまり、世紀の大発見をしたわけである。なお、本人はまだ気づいていない。



*ダンジョン配信

 国、地域の関係なく「ダンジョンに潜っている人物」の様子を配信するために、神々が作った配信サイト。

 国、地域ごとの法律や条例などに沿ったもの以外は閲覧禁止にするなど、国に配慮して、提供をしている。

 また、配信などを配信者が自由に行うため、色々なオプションがついている。これら全てはスマホでログインすれば簡単に行うことができるため、ダンジョン配信の仕方は千差万別で、Virtualで配信しているものもいるなどという変わり種までいる始末。

 これらは、サイトにある「ダンジョン配信サイトへやってほしいこと」と題されたところに悪ふざけか何か知らないが、あれもこれもと頼んだ結果が、膨大な量のオプション機能である。

 運営している神々は誰も彼も片手間でそれを済ませてしまうので余計それに拍車がかかる。

 斯くして、現在のダンジョン配信のサイトとなっているのである。

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