弐 常世

第9話 《配信》[非公開] 1



───配信者「世界で一番かわいいこよみちゃん」

       がダンジョン名「常世」に入りました。

         9:28 ダンジョン配信名[非公開]を開始します───


〈キターーーーーー〉

〈このみちゃん、おはこよ~〉

〈朝早いな〉

〈平日なのに同接数爆上がり〉

〈配信名が伏せられてる〉

〈予告なしだったよね!?〉

〈仕事中に配信が始まるなんて……みるしかねぇじゃねぇか〉

〈おはこよ~〉


 今日は日曜日。だけど無職の私には休日だろうが何だろうが関係ない。いや、配信業やってるから無職とはいいがたいけど、私的にこれは趣味であって仕事じゃないから。


「おはこよ~」


 たっぷりとにこやかな微笑みを浮かべ、ファンサービスをする。そして、あざとらしい行動も忘れない。視聴者はだいたい男性、こういう積み重ねが私の人気を高めてくれる。そう思ってやっている、のだがなぜか男女比率は6:4とどちらかに特化しているというわけではない。なぜなのかは私にはよくわからない。


「本当になんでだろうね?」


 あ、思わず心の声が出てしまった。


〈なんのこと?〉

〈おはこよ~〉

〈自己完結しないで〉

〈一番重要な部分が抜けとる〉

〈どゆこと?〉


「ごめんごめん、つい心の声がでちゃって」


 急いで謝る。けど、配信するたんびにやってるんだよね。だから、謝るのは一回目だけにしてるんだよね。気を取り直して、と。


「それじゃあ、今日やるのはこれ」


 バン


 擬音を流して、用意していたテロップを出す。そこには「案件配信」の赤い文字が躍っていることだろう。


「ということで、案件配信で~す」


〈世迷言を言ってる人がいる〉

〈案件配信か~〉

〈はい、解散~〉

〈仕事戻るか〉

〈案件ねぇ〉

〈彼女に案件配信を頼んだのは間違いです〉

〈今回は大丈夫、かもしれないという一縷いちるの望みを掛けて〉

〈どうして、誰も幸福にならないことを……〉


「ちょっと、そこ! なに言っちゃってくれてるの?」


 コメントは全て、というわけではないようだけど、おおむね今回の配信が失敗に終わるようなコメントばかり。私のことを貶しているようにしか思えない。


「日本人のダンジョン配信者No.3の私がやる案件配信よ? これほどの宣伝効果はないわよ」


〈と戦犯は供述しております〉

〈ん~、これは擁護ようごできない〉

〈前回の失敗からの経験を活かしていない〉

〈そうだね、成功したら、成功を(ここ重要)したら、宣伝効果があるんじゃないの?〉

〈また世迷言を〉

〈奇跡が起こることを願うしかない〉


 こいつら、言いたいことばっか言いやがって……。


「私の宇宙より大きい御心に感謝しなさい」


〈ま~た、こよみワールドに入ってる〉

〈は~〉

〈いつになったら案件の話になるんだろ〉

〈問題は、彼女の思考回路が理解できないことだ〉

〈何の話してるんですか?〉

〈この混沌ぐあいはここでしか摂取できない〉


「ぐぬぬぬ」


〈外見だけは可愛い〉

〈実際にぐぬぬ言ってる人初めて見た〉

〈可愛い……〉

〈次回に期待〉


 くっ、これ以上視聴者と言い争っても意味がない。それに、私の極めて高度な知性で彼らを打ち負かしてしまったら炎上確定だ。それに、一応私はかわいさで売っている。しようがない。


「命拾いしたな」


 視聴者にそう吐き捨て、スマホをいじる。画面に映っているのは、私の現在行っているダンジョン配信を操作することが出来るページだ。まず、案件のために作ったスライドをクリック。私を映していた画面が端に縮小され、ちゃんとスライドが表示されていることが確認できる。


〈頭大丈夫?〉

〈初めて見たんですが、濃い方ですね〉

〈命拾いしたなと視聴者に罵詈雑言を浴びせて何事もなかったようにスライドを表示する戦犯〉

〈なんか急に話を進めてて草〉

〈濃い方w オブラートに包んだらそうなるか〉


 さてと、スライドの真ん中にタイトルである「今日の案件配信について」という文言と、私の名前(ダンジョン配信の時に使っている名前の)「世界で一番かわいいこよみちゃん」を端に記載した。


「それでは、今日の案件について話そう」


 スライドをめくる。箇条書きに書かれた今回の説明。それを読み上げる。


「書いてある通り、今日の案件はダンジョンにおけるルールの喚起、およびダンジョン内で注意すべきことについて説明すること、となっている。国の活動の一つで、一年に一度ダンジョン配信者が行なう恒例行事だが、私にお鉢が回ってきたというわけ」


〈恒例行事やん〉

〈ほ~ん〉

〈あ~これね〉

〈これならワンチャン……いけるか?〉

〈大丈夫かな~〉

〈参考にならない定期〉


「ということで、はい、ドーン」


 そこで、私は非公開にしていた配信名を公開する。


───ダンジョン配信名が公開されました。

    配信名は「恒例行事やりたくないけどやるよ」です───


〈配信名がwww〉

〈おい、本音出てるぞ〉

〈大丈夫じゃないな〉

〈初っ端から不安になって来る〉

〈これは国の人選が間違ってます〉

〈どうしてこいつを指名した〉

〈解散〉


 そこで、スライドの方を端に縮小。映像では私の顔がドアップになり、すぐに全体像へと変わった。これ、案外楽しい。


「それでは、案件配信、始めますか」






*世界で一番かわいいこよみちゃん


 日本で3番目にダンジョン配信チャンネルの登録者が多い配信者。本人もネットで公言していることだが21歳、大学には進学しておらず、家の飲食業を手伝っている。だが、基本的に飲み屋なので昼は配信業を主にやっている。それが災いしてか、おおらかな性格で、どこかズレた思考をしており、時たまポロリと考えていることが口に出てしまう。本人は普段、気をつけているが、配信中はどうもテンパってしまうのが原因か、よく思考が口に出る結果に。本人はもう治す気すら起こらなくなったようで、そのままとなっている。


 これまで、案件配信をやったことがあるが、企業側が望んだ成功を収めたことはあまりない。


例1)探索者用に作られた武器の案件配信時、うっかり武器を破壊してしまうなどといった事故を起こしてしまい企業側は頭を抱えたそうな。もちろん、売上は微妙な結果になった。

例2)いわゆる、アイテム袋と呼ばれる実際の大きさより遥かに多くの物を入れることができるものを使ってもらうためお願いされた案件。ダンジョンではっちゃけすぎて限界量を超え、はみでしまう結果を披露。企業側はもっと入るようにしますと泣いたそうな。ちなみに、これは意外と売れた。



 

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