第5話 《配信》不死鶏 (中)



 緩やかな斜面を歩く30人の探索者たちがいる。彼ら、彼女らがここを登り切れば、赤の迷宮のイレギュラー、不死鶏と相対することになる。


 誰もが、緊張した面持ちで、歩いている。先頭を歩くのは三垣孝。30代前半で、いかつい顔つきをしており、ファンタジーの物語に出てきそうな防具と赤い剣を背負っている。


 戦列としては、後ろに、彼と普段から同じパーティメンバーとして戦っている2人。さらに、その後ろに5人のパーティが3つ、4人のパーティが2つ、ソロが2人、最後尾に彼のパーティメンバーの2人。計30人だ。


「あれ、ですね」


 丘の上に登った先に見えるのは、巨大なカルデラ。丘を下ったそこに鎮座している。カルデラと言ったが、ここは不思議な地で、この階層全体がカルデラの中とも言える。何せ、至る所からマグマが噴き出し、時折、弾けるようにしてその赤いマグマが辺りに撒き散る。だが、そこにいても、ここはカルデラだと断じるに値する。直径1キロ、深さ138メートル。マグマが煮えたぎっているその底に、不死鶏がいる。


 丘から降りれば、その熱気は凄まじい。吸う空気は灼熱のように熱く、喉を焼くようで、肌は熱く。頬から垂れる汗は、大地に落ちている間に蒸発した。


 おおよそ、生物が住んでいるとは思えないようなそこに、今、足を踏み入れないといけない。無骨な黒く塗りつぶしたような岩石を踏み締め。カルデラの中へと入る。


 その時、マグマが弾け、炎が舞った。


 コケコッコー


 場違いな鳴き声が響き渡り、不死鶏が討伐隊を目指して駆けてくる。その瞳には怒りが灯っていた。


 全速力で駆けてくる不死鶏を見るとすぐに持ち場へと散開する討伐隊。その動きに迷いはなく、熟練の様相である。しかし、それも当たり前。彼らは皆一度、このダンジョンを踏破したことのある者たち。気負いはあれど、仕様もない過ちを犯すとは思えない。


 だからだろう。不死鶏が彼らの目の前に到達するまでに、彼らは全ての準備を整えていた。


 コッコッコッコッ コケー


 威嚇するように、あるいは見下すように不死鶏が声を上げる。


「やれ」


 三垣の言葉を合図に、氷の魔法が不死鶏へ向けられる。魔法を放ったのは3人。後衛のため、後ろに控え、それぞれ前に2人、魔法が施された武器を持った前衛が立つ。


 放たれた魔法は3つ。氷の礫が降り注ぎ、氷の荊が不死鶏を縛り、吹雪がマグマを冷やし固める。いずれも全て、狙いが的中。不死鶏は動きを封じられた。


 その隙にと、前衛5人が走り出す。急な接敵であったとはいえ、時間は待ってくれない。彼らにバフを掛ける2人。かけるのは物理と魔法の両方に効く防御結界と身体能力を上げるもの。これまでの階層を踏破する際に磨いた連携は、口頭にせずとも大丈夫な域となっている。


 それだけではない。不死鶏の魔力を減らすため、デバフを掛ける魔法使いもいる。属性の決まってしまう魔法と違い、バフもデバフも無属性であり、誰もが使える魔法である。今回の戦いで、水や氷属性の魔法を使えないものは、一部の例外を除きこの役割を与えられているというわけだ。


 さて、その例外はと言うと


「──── ∂ ── ∑€O¬ ─ œ ── h^ ── ¢ ─── Ωµ ──£l^─────」


 言語不詳な詠唱をしている。オレンジにピンクに赤、それらの色が混じり合い、空を作っている。もちろん、それは空ではない。色違いの空のように見えるというだけだ。


 だが、不死鶏には例外を気にしているが、それ以上に、目の前の敵に力を入れなければいけなかった。氷の荊は踏み砕いても、すぐに他の荊が生えてくる。そればかりに気を取られていると、前衛たちの魔法武器で魔力を削られる。


 コケッ……コケー


 遂に、苛立ちの頂点に達したのか、鳴き声とともに、炎が辺りに撒き散る。そして、不死鶏の足元からも、炎が舐めるように冷えきった大地を覆っていく。全員がその危険性に気付き、飛び退る。


 あの炎が何℃かは知らないが、恐ろしく高い温度だというのはわかる。大地が溶け、マグマに戻ったのだから。炎は役目を終えたとでも言うように、消え去り、残ったのは赤いマグマ。


 振り出しに戻ったような気分を彼らは共有しているだろう。


 三垣は、元の状態になったとしても相手の魔力は消耗した、とみている。少なくとも無意味ではなかった、と。それよりも問題は、自分たちが相手を倒すまで戦うことが出来るかということなのだ。魔力が無くなれば相手はただの木偶の坊だろう。だが、自分たちは現在進行形で、マグマから身を守るため魔力を消耗している。これは現在持っている防具では解決できないものだ。


 マグマなどといったものから体を守るものなど、世界に数点存在するだけだ。値段は推して知るべし。少なくとも、望外と言いたくなるような値段であるのは間違いない。


 とはいえ、現状あるなら欲しいと、泣き言のようなことを考えながら戦う三垣。自分の武器は相手に塵程度のダメージを与えているだろう。だが、それではいけないのだ。


 致命傷と呼べる攻撃、決定打といえるもの、それが必要なのだ。今持っているものであれば、できるかもしれない。だが、『かもしれない』なのだ。確実ではない。むしろ、何も出来ずに終わる可能性だってある。危険な賭けはできない。


 今のところ、唯一の期待。空に浮かぶ魔法を見上げる。発動まであと3秒。


「退避」


 前衛が後衛の近くまで退く。


 2秒


 後衛の魔法が足止めのため、放たれる。


 1秒


 不死鶏が炎を吐き、相殺する。


 0秒。


 魔法が発動した。空から赤の光線が降り注ぐ。大量の熱が込められたソレが、不死鶏だけでなく、辺り一体を巻き込んでいく。


 目を瞑っていても光の強さを感じ、吹き荒ぶ熱風で肌が沸騰するように熱い。口から息を吸おうものなら、一瞬にして口内が乾燥し、喉を痛めてしまう。そう思わせるほどの威力。


 この魔法で、赤の迷宮のボスは一撃で倒れることになった、と言うことを知っていたし、画面上では見ていたが、実際に体験してみると恐ろしい。それも余波だけでこれだ。これならば、不死鶏も無傷でいられるわけがない。そう三垣が期待し、目を開けた。


 大地はドロドロに溶けて溶岩となり、不死鶏は体を地につけている。そんな光景が目に入ってきた。


「今だ!」


 絶好のチャンス。追い打ちをかけるように、魔法を放つ。あと少しで倒せる。そう思った。だが、期待は裏切られた。一種のフラグというやつだったのかもしれない。


 不死鶏のからだから炎が吹き荒れた。それは火柱となり、文字通り天を焦がし、遂には溶かした。つまり、ダンジョンの74階層の岩でできた天井が溶けた。


 滴り落ちる赤い溶岩。火柱はさらに温度を増し、溶岩すら蒸発する。


 思わず、顔を覆う討伐体の人たち。あまりの威力に、あるものは恐怖が、あるものは苛立ちが心にもたげる。


 だが、相手は待ってくれない。火柱が消え去った後には、不死鶏の変わり果てた姿。その姿を一言で表すならばコカトリス。伝説の、雄鶏と蛇とを合わせたようなその姿。ただ、炎で体が形作られているのには変わりはない。


 だが、悍ましい。その一言に尽きる。


 そして、三垣は、不死鶏の鑑定結果を見て、愕然とした。果たして、自分たちはこの存在に勝てるのだろうか、と。




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不死鶏


 神々の気紛れで誕生した存在。不死鳥と鶏とが番ったら誕生するのだが、実際問題、生まれる可能性は限りなく0に近いため迷宮以外で誕生することはなだろう。


 HP 120/120

 MP 923,736,265/1,623,440,527


 体力:1,923

 魔力:105,234,706

 速力:57

 防御力:0

 魔法防御力:0


〈スキル〉

『炎の体』

 肉体は炎へと転変し、あなたの存在は炎の化身となる


『再生を司る炎』

 炎は再生し、消えることはない

 

『炎は不定形にして永遠』

 あらゆる攻撃を受けることはなく、永遠に炎は燃える


『自動魔力回復(特大)』

 1秒毎に10の魔力が回復する。


『卵は消耗品です』

 無精卵の卵を爆発させることができる。爆発の規模は卵を産んでから経った時間に比例する


『化かすもの』

 本来の姿、力を封印し、隠し、仮初の姿を与える

  封印解放中

  [石化の魔眼]

  [猛毒の牙]


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