壱 不死鶏

第4話 《配信》不死鶏 (上)



 コケー コッコッコッコッ コケー


 特徴的なその声を聞いたことがない人はいまい。誰もが迷うことなく『鶏だ』と断言できるようなその声。だがしかし、それは鶏であって鶏にあらず。実際は不死鶏と呼ばれる存在である。


 不死鳥というのを、皆様は知っているだろうか。ファンタジー作品を好きだという方は間違いなく知っているだろう。フェニックスと言われるこの鳥だが、不死鶏はこの不死鳥の亜種と思われる。


 時は3日前に遡る。赤の迷宮にて全身が炎でできた鳥、が確認された。これだけ聞けば間違いなく不死鳥と断定できるのだが、問題はその鳥の形状であった。それはまごうことなき鶏。発見した人物は驚き、その魔物の名前を確認すれば……そこには不死鶏の文字。


 もう少し、確認すれば『系譜なき魔物』ということもわかった。ダンジョンにいや、神々にイレギュラーという概念はない。少なくともこの魔物がイレギュラーですよと教えてくれることはない。そもそも人が作った尺度に神々が合わせてくれることが稀だ。


 ダンジョンそのものは人の尺度に合わせて作られたが、ダンジョンが作られた後に作られた尺度にいちいち神々が変えてくれるわけがない。まぁ、余程のことがなければと注釈はつくが。


 さて、どちらにせよ神々の気分か何かで誕生した不死鶏だが、何もせず手をこまねいているだけではいけない。存在が確認されてから3日、探索者たちはこの不死鶏を倒すために編成を組み、準備を進めていた。不死鶏を倒すために集められたのは30名。いずれも、赤の迷宮でを踏破したことのある猛者達。


 しかし、不死鶏の習性などはこの3日で調べたのだが、その結果は芳しくなかった。どういうことかというと、不死鶏は珍しく獲物を狩らず、常にコケコケと鳴き、ウロウロと歩いているだけ。これで、何か有益な情報を持ち帰れという方が無理な話だ。


 とは言っても、何もわからなかったわけではない。不死鶏の体の大きさは普通の鶏と同じ程度の大きさということ、不死鶏の体の温度が1000℃を超えること、けれどもその熱エネルギーは周囲に影響を与えず完全に制御下に置かれていること、餌を狩らずとも生きていけること(多くの魔物は餌を共食いという方法で解決しており、放っておくと勝手に強くなる)、巣は74階層に存在するが、71階層まで移動することがある、などなど。聞けば聞くほど厄介さが伝わってくる。


 そして、一番重要な、特殊スキルである『鑑定』の結果。



─────────────────────

不死鶏


 神々の気紛れで誕生した存在。不死鳥と鶏とが番ったら誕生するのだが、実際問題、生まれる可能性は限りなく0に近いため迷宮以外で誕生することはないだろう。


 階位:6


 HP 120/120

 MP 1,623,440,527/1,623,440,527


 体力:1,923

 魔力:105,234,706

 速力:57

 防御力:0

 魔法防御力:0


〈スキル〉

『炎の体』

 肉体は炎へと転変し、あなたの存在は炎の化身となる


『再生を司る炎』

 炎は再生し、消えることはない

 

『炎は不定形にして永遠』

 あらゆる攻撃を受けることはなく、永遠に炎は燃える


『自動魔力回復(特大)』

 1秒毎に10の魔力が回復する。


『卵は消耗品です』

 無精卵の卵を爆発させることができる。爆発の規模は卵を産んでから経った時間に比例する


『びっくり箱』

 まぁ、探索者たち、楽しんでってよ by神


─────────────────────



 まず、目につくのは魔力特化とも呼べるステータスと『びっくり箱』というスキルだが順に確認しよう。まず、名前は不死鶏。説明欄によると、不死鳥と鶏の子供らしいが、神が無理やり作った印象を受ける。


 そして次に、ステータス。怪異は6と高い。しかし、HPは人間の平均HPが100なのを知っていれば明らかに低い120という数字。それと比べて圧倒的に高い1,623,440,527というMPの数字。MPは魔法を使うエネルギーと考えれば良いのだが、そこでもうひとつ目につく『自動魔力回復(特大)』というもの。とてもではないが、敵キャラが持っていて欲しくないスキルの上位に入るだろう。


 加えて、体力は人の平均に近く、魔力はMPと同じように桁違い、速力は人の半分より少し上程度、防御力と魔力防御力は0というあり得ない数字。ここから導き出されるのはヒットアンドアウェイという戦闘スタイル。


 次に、スキルだ。『再生を司る炎』と『炎は不定形にして永遠』は回復と攻撃無効と思われる。自動魔力回復について、先ほど触れたので割愛し、一番問題となる『びっくり箱』。これは正確に言うとスキル名ではない。神々が初めて戦う人々にこのスキルの内容を教えたくないがために作ったと思われる。何せ、このスキルを魔物が使った時、スキル名はわかるようになっているのだ。


 だが一つ言えるとすれば、この伏せられたスキルは厄介なことこの上ないものだけだ。これまで、そうだったのだから。



 それらの情報を頭の中で整理している寡黙な男がいた。男がいるのはダンジョン内の73階層に立てられた仮設テントで、いつでも戦場へと赴けそうな出立で、あぐらをかいて座っている。だが、そんな男とは違い同じパーティメンバーは仮設テント内でこれでもかとくつろいでいる。


 ダンジョン内では勝手に配信されるので「そんな姿を見せたら幻滅されるのでは?」と思われるかもしれないが、仮設テント内はダンジョン配信が行われない珍しい場所。実際がどうかは知らないが、神々が配慮をしてくれたのかもしれない。


 それはさておき、本題は寡黙な男で赤の迷宮踏破者の一人である、三垣孝。今回の『不死鶏』討伐においてのリーダーなのだ。これまで、「朱の標」のパーティリーダーとして4人の仲間を率いてきたが、今回は30人だ。数が違う。数が違えば、戦術も変えなければいけない。それを、思案しているのだ。


 三垣は、覚悟を決めた目で立ち上がる。仲間が、彼を見つめる。


「時間だ。行くぞ」


 不敵に、自らを奮い立たせるように、笑みを浮かべ、いつも通りの声をあげる。仲間たちは、それぞれ何も気負いもなそれに頷く。


 彼らは仮設テントを出て、74階へと行く準備を始めた。



 ◆◇◆◇◆◇◆



 74階層、その大地ではあちらこちらからマグマが噴き出ている。足場に気を付けて戦わなければ一発でお陀仏……とまでは言わないが、危ないのは間違いない。だが、人の方は気を付けないといけないが、魔物の方は元々このマグマがある環境に住んでいるのだ。片足突っ込んだところで怪我ひとつ負わない。総括すると、人間が明らかに不利。


 しかも相手にするのはイレギュラーと思しき魔物の不死鶏。改めて、討伐メンバーはその現実を突きつけられる。イレギュラーの強さは戦ってみなければわからない。不安が、彼らの心にもたげる。


「勝てるんですかね」


 口を開いたのはメンバーの中で最も若い藤橋だ。


「それは誰にもわからない。だが、勝つという気概がなければ勝て卯勝負にも勝てぬ。それを心に刻め」


 三垣がそう藤橋に答える。


「それに、いざという時の切り札もある。あまり使いたくはないがな」


 続く言葉に『おぉ』と驚いた表情をする藤橋。その目には期待が見え隠れしていた。


 メンバーの緊張が解けていく。


〈う〜ん 決戦前夜だな〉

〈本当に大丈夫?〉

〈強者感が凄い〉

〈藤橋〜〉

〈不死鶏って弱いでしょ?〉

〈がんばー〉

〈勝ったな〉

〈今回のイレギュラーはどんくらい強いのか……〉

〈さすがベテラン〉


 その様子は配信で見られ、多くの人に注目されていた。なにせ、新しいイレギュラーの討伐だ。注目されない方が珍しい。それだけではない。不死鶏というもの珍しい名前を聞き、一眼見ようとしている人もいる。


 その話題になっている当の本人たちは会話が止まり、緊迫した空気が流れだした。不死鶏の巣まであと少し。自然と息を潜め、武器を持ち直す。


 それは、恐怖だ。未知への恐怖が、解れた緊張感を程よく引き締める。迷いはない。今はただ、敵との対面に心を静めるしかない。



 

──────────────────────────────




イレギュラーの定義(今更)


 イレギュラーが存在する階層において、他の魔物と一線を画す戦力を持っている。または、他の魔物の縛りを持たない魔物の総称。法律などでの細かい定義はなく、ネット上で騒がれているだけ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る