崩壊の始まり
ちょっと待て抜き打ちテストってどういうことだ!?
俺はかなり動揺したが、周りにバレないように気をつけた。
みんなも動揺しているようだが、俺に比べるとかなり落ち着いているように見える。
もしかすると、毎年そうなのか?
でも、俺は楓から聞いてない。
楓が知っているのであればきっと教えてくれるだろう。
どうして、周りが落ち着いているのかはわからないが今はそれでどころではない。
もうしばらくテストはないと思って全く勉強していなかったのだ。
先生が一旦教室を出ていくとみんな一斉に教科書を取り出して、勉強し始めた。
俺ももちろんそのうちの1人だ。
教科書を一気に読み上げる勢いで目を通す。
どのような感じでテストがあるのか、どのタイミングでテストをするのかわからないが、みんなが数学や理科の教科書を開いているので、俺は特に自信がない数学の勉強を行なった。
そして、20分後先生がたくさんのプリントを持って教室に入って来た。
多分、テスト用紙だろう。
しかし、まだみんな勉強しているようなので俺も続ける。
先生は黒板に何か書いていた。
それを見て俺は驚愕した。
そこには
1時間目国語
2時間目数学
というふうに
5時間目英語まで書いてあった。
まるで中学生の時に受けた定期テストみたいだった。
ちょっと待て!
俺は慌てて記憶を呼び起こす。
それは楓にもらった年の予定表だ。
そこには確か定期テストは一学期期末、二学期期末、三学期期末しかなかったはずだ。
そこで俺はある一つの仮定を思いついた。
確か中学校の時は二学期中間があったはずだ。
これはその代わりではないのかと……
しかし、それがわかったところで何も変わらない。
時間は無常にもどんどん過ぎていき、
「はい、じゃあ、テストを始めるのでみなさん座ってください」
という、先生の声が教室に響き渡った。
みんなその言葉に色々文句を言いながらも、席に座る。
もちろん俺も同様にだ。
1時間目は国語のテストだった。
小説、古文、漢文の計3題から形成されており、小説に関しては森鴎外の「舞姫」だった。
この小説は教科書に載っていたものの読んだことは一度もなかった。
まず内容を理解するところから入り、次に問題。
あまり解けたという実感はなかった。
それと対照的に古文と漢文はどちらかと言えば、知識重視の問題が多く、夏休みの間に知ったがり勉強していたので満点とは行かずともかなりの高得点は取れたと思う。
次は数学だった。
数学は数学I II A Bが範囲だ。
二次関数やベクトルと問題はきちんと解けたが、最近やっと勉強が間に合った数列と微分積分はしっかり復習ができてなく、ボロボロだった。
他の教科も同じだ。
物理は力学は解けたが、波が解けない。
化学は有機化学、地理は悪くはなかったものの、英語はリスニングがボロボロだった。
そんな感じで夏休みから1ヶ月前くらいまでに終わらせた勉強はある程度取れたが、それ以降にやったところは全く解けなかったのだ。
終わり次第みんなテストがどうのこうのだの話し合っていたが、俺はそれどころではなかった。
今回のテストは確実一位は取れない。
いや、一位どころか二十番目にも入っていないかもしれない。
これは今まで一位を取り続けて来た楓のイメージを崩すことになってしまう。
俺はそのことから急いで教室を出た。
「あ、楓。テストどうだった?」
教室から出るとちょうどそこには同じく教室から出て来ていた栞がいて、俺はうっかり足を止めてしまった。
栞は今まで二位をとりつづけていたのだ。
きっと今回もいい点数だろう。
「あのね、今回テストはわたし自信があるんだ。そろそろ抜き打ちテストが来ることかなと思って夜遅くまで勉強していたんだ!」
その眩しいような笑顔を俺はまっすぐ正面から見ることができず、
「ごめん!わたし今日用事があるから、また今度ね」
と言って逃げてしまった。
そこからは誰に見られようとも楓らしくなくても全力で家に走って帰った。
乱暴にガタンとドアを開けると、慌てた様子で楓が部屋から出て来た。
「ど、どうしたのお兄ちゃん!顔がすごく怖いよ」
「楓、もしかしてこの時期に抜き打ちテストがあるって知っていたか?」
俺はそう聞いた。
「もちろんだよ、だって去年受けたもん。もしかして、今日だった?」
俺のことをなんも知らない楓は呑気にそんな質問をしてくる。
「そうだ」
「どうだった?最近夜遅くまで勉強していたみたいだしいい点取れた?」
「取れるわけないだろ!」
その言葉に俺はそう怒鳴ってしまった。
「え?」
「俺は何も知らなかった!この時期に抜き打ちテストがあることも!何も!だから勉強なんてしてない!言ってただろ!庶民と貴族の間の壁を無くすって!そのために色々考えるために!作戦を考えるために俺は起きてたんだよ!」
楓は俺が庶民と貴族の壁を取り除こうとしていることを知っていた。
そして、そのために色々考えていることも伝えていた。
楓ならそのことから全く抜き打ちテストに向けて勉強していないことに気づけたはずだ。
「だってわたし知らないって知らなかった…」
そんなわけがないはずだ。
それにわかっていなかったとしても!
「でも、毎晩一緒にご飯を食べながら話しているんだ!もうすぐ抜き打ちテストあるけど大丈夫って聞いてくれてもよかったじゃないか!」
「そ、それは」
「そのせいで俺は今回のテストは一位を取れない!多分二十位にも入っていないんだぞ!」
それは怒鳴った。それはもう完全に感情に任せた怒りだった。
その楓に見せるのは二度目の光景に楓はかなりビクビクしている様子だった。
「な、なんでそんなにお兄ちゃんは一位にこだわっているの?」
「そんなの決まっているだろ!一位じゃないと誰もついてこない!俺みたいなやつに勉強しか取り柄のないやつについてくるわけないだろ!俺はお前みたいになんでもできるわけじゃないんだ!そんな俺が庶民と貴族の壁を取り除くのであれば勉強でまず貴族に勝らなければならない!それにお前の完璧を俺なんかが崩すわけにはいかないだろ!お前はなんでもできるんだ!完璧なんだ!俺なんかがその完璧な楓の経歴に傷をつけてしまった。そんなことがあってはならない」
そうだ。
一番いけなかったのは今まで一位しか取ったことがない楓の完璧な成績に俺が傷をつけてしまったことだ。
俺は元々何をやってもダメだ。
だからこそ、俺の成績がどうなろうと気にはしてこなかった。
しかし、今回は俺の成績ではない。楓の成績なのだ。
俺はそう言って楓の方を見ると楓は両目から涙をポロポロと流して、俯いていた。
そして、
「ごめん、お兄ちゃん。ちょっと部屋に戻る」
というと、部屋に走って戻って行った。
パタンという部屋が閉まった音が聞こえ、静かなった玄関に座りこんで
俺は
「俺は悪くない、悪くないよな?」
と呪詛のように呟くのだった。
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