45 親
僕は中々内定が出ずにいました。やはり無理があったんでしょうね。面接までは進めるのですが、ボロが出たんでしょう。転勤したくない一心から、応募もかなり絞っていましたし、受ける企業の数がそもそも少なすぎたのだと思います。
そんな時、兄の祖母が亡くなりました。僕も葬儀に出ました。一度しか会ったことの無い方でしたが、やはり悲しかったですね。参列者はとても多く、大がかりな葬儀でした。兄が喪主を務めました。
そして、兄の祖母が持っていた賃貸用の不動産が、兄に相続されることになったのです。相続人は他に何人か居たようですが、遺言状がありました。坂口伊織に全てを託す旨の内容でした。
兄は不動産を管理することになりました。兄の祖母の家は、かなり老朽化していたため、更地にして売り出すことになりました。それらの手続きのため、兄はかなり忙しく飛び回っていました。
「これで不動産収入が手に入るよ。だからすぐに就職できなくても問題ない。暮らしていける」
それを聞いてホッとした僕は、就活が上手くいかなくても落ち込まなくなりました。けれど、兄に甘えてばかりはいられません。応募だけは続けました。とうとうどこにも受からず、夏休みになってしまいました。僕は親から一度帰ってくるようにと言われました。
「瞬。まだ決まらないのか」
父が厳しく僕の顔を見据えました。父は役員までのぼりつめた人です。どこでもいいから早く就職するようにと言いました。そして、社会人になる前に伝えておかなければいけないことがあると前置きをされました。
「実はな、瞬にはお兄さんが居るんだ。父さんと母さんは二回目の結婚だった。一回目の結婚のときにできた子供で、もう三十歳を超えているよ」
知ってるよ、父さん。その人と結婚もした。そう心の中で思いながら、僕は驚いたような表情を浮かべました。母もその席に居て、辛そうな顔をしていました。
「もう連絡が取れなくなってから長いんだ。でも、父さんにもしものことがあったら、その人も相続人になる。それだけ、覚えておいて欲しい」
何がだよ。連絡を断ったのは父さんじゃないか。身勝手だな、とは思いました。まさか兄本人から、事情を全て聞いているとは父も母も思ってもいないのでしょう。だから僕はからかいました。
「僕、その兄さんに会いたいよ。兄弟が居るって知って嬉しい。ねえ、どうしたら会える?」
「戸籍を辿ればわかると思う。けどな、その兄さんは、瞬のことを恨んでいるかもしれないんだ。本当に必要になるまでは、会わない方がいいと思うよ」
恨みなら、一身に受けたよ。そして愛情もね。僕は実家を出るなり、歩きタバコをしました。夏の日差しが僕を照りつけました。汗をかきながら、兄の家に戻ると、彼は僕の身体をかいできました。
「瞬、いい匂いだな」
「やめてよ。汗かいてるんだよ?」
「それがいい匂いなの。安心するよ。やっぱり血が繋がってるからかな」
僕はソファに座り、父が兄の存在のことを打ち明けてきたと説明しました。兄は舌打ちをしました。
「今頃になって……遅いんだよ」
「僕もそう思う」
それから兄は、父との思い出を語り始めました。若くたくましい父は、兄の自慢だったようです。小学校の参観日に、父が現れると、同級生から羨ましがられたとのことでした。確かに、父は息子から見てもカッコいい人でしたからね。
それから、川遊びによく連れて行ってもらったそうです。何度も投げ飛ばされて、それが楽しかったのだとか。子供の頃の兄を僕は想像しました。活発で明るい少年だったのでしょうね。
「ダメだ。あの男のこと考えると、やっぱり瞬が憎くなる。なあ、一発殴ってもいいか?」
「一発ならいいよ」
僕は平手で頬を叩かれました。それだけでスッキリしたようです。兄は優しく僕の顔をさすり、口づけました。僕は思い付きで聞いてみました。
「父さんと会えたら、兄さんはどうする?」
「殺す。いや、まずは拷問だな。苦しんで苦しんで、その後みじめに死んでほしい」
「死体を埋めるの、僕も手伝うよ」
もうすでに、僕は父や母への愛情も無くしていました。真実を打ち明けられたとて、それは変わりませんでした。兄の言った通り、遅すぎたのです。せめて父が、兄との約束を守り、交流を続けてくれていたのなら、結果は違ったのかもしれません。
僕に子供は居ませんから、子を持つ親の気持ちはわかりません。でも、子が望んでもいないのに、勝手に作り出して勝手に愛でたのです。最後まで責任を負うべきだと僕は思います。それができないのなら、作るべきではなかったのです。
そういう気持ちが大きかったですし、そもそも兄との間に子はできませんから、僕は自分の子を望んではいませんでした。それに、僕という命が繋がらなくても、世界は回り、誰かが誰かの子を生みます。僕はそれでいいと思っています。
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