44 結婚
僕は海斗を利用しましたが、彼を愛することはありませんでした。それは彼も同様だったと思います。ルリちゃんとの関係は続いていたようでしたし、単にセックスをするだけの間柄でした。
兄には不思議とバレませんでした。彼がアルバイトの間に事に及んでいました。シフトは把握していましたからね。簡単なことでした。行為の後、タバコを吸いながら、海斗が言いました。
「男とするの気持ちいいけど、やっぱり兄弟でやるっていうのは理解できないな。オレにも弟いるけど、したいと思わないもん」
「まあ、僕と兄さんは特殊だからね。血も半分しか繋がってないし。離れて暮らしてたし」
「お兄さんのこと、本当に愛してるの?」
「そうだよ。僕にはもう、あの人しか居ないんだ」
海斗の存在は、世間と通じる唯一の窓でした。兄弟ですることは普通ではないのだと何度も突きつけられました。それでも、その普通でないことこそに魅力を感じていました。兄が高校生の僕をつけていた時。そういう感情だったんだな、と改めて気付きました。
ルリちゃんはというと、黎姫先生と直接会うようになっていました。彼女のお気に入りになったようです。何せ、かなりの金額を彼女に貢いでいたようですからね。同人誌を売り払ってまで、彼女に尽くしていました。
今だからわかるのですが、黎姫先生はいわゆるスピリチュアル教祖でした。彼女に霊力なんて無かったんです。ただ、人の心を掴むのが上手かった。美貌もあった。信者から金を巻き上げ、ちやほやされて、満足していた、ただの普通の人だったんです。
この頃、梓が出てくることが減りました。僕は就活や卒論に向けて動いていましたし、忙しかったんです。服薬も継続しており、僕の精神は安定していました。このまま社会に出て、普通の人間を装いながら暮らしていこう。そう決意を固めました。
もう何回目かわからない兄との情事の後。タバコを吸いながら、僕は兄に甘えていました。
「兄さん。だーい好き」
「もう、可愛いな、瞬は」
浮気の一件があってから、兄はより一層僕に優しくなりました。あの遺体の身元はまだ割れていないようで、その安心感もあり、落ち着いて日々を過ごせました。兄はこんなことを言いました。
「俺たち、結婚するか?」
「えっ、でもどうやって?」
「形だけ。指輪買いに行こう。なっ?」
僕たちは同性パートナーとして結婚指輪を買いました。石も何もついていない、プラチナの物です。同性であることの前に、兄弟の僕たちです。そうして互いに誓い合うしか他に結婚の方法はありませんでした。
指輪を買ったのを機に、海斗との関係も解消しました。案外あっさりと身を引いてくれました。彼が今、どうしているかは知っています。幸せになれたみたいですね。僕との思い出はどう消化しているのでしょうか。その辺りは気になりますけどね。
新婚生活は楽しいものでした。僕はまた、兄の家に入り浸りました。四年生になり、授業はなくゼミのみとなったので、兄の家で卒論を書き、就活の下準備をしました。長く伸びていた髪をようやく切りました。
兄のために、さらに料理も頑張りました。フードプロセッサーを買い、兄の嫌いな野菜をハンバーグに混ぜることもしました。味噌汁も、試行錯誤の末、兄の祖母の味にだいぶ近付けました。
この頃兄は、カメラを回すことが少なくなりました。ルリちゃんを呼ぶこともしませんでした。そうだ、彼女もこの時期に髪を染めました。黒髪の彼女はとても清楚そうに見え、男同士の行為に加わるような変態だとはとても思えないほどでした。
ある時、企業の合同説明会にルリちゃんと一緒に行き、その後スーツ姿のまま喫茶店に寄りました。
「伊織さんとは順調なん?」
「まあね。結婚したし。死が二人をわかつまで、ずっと一緒だよ」
「ええなぁ。羨ましいなぁ。うちもやっぱり結婚したい。子供も欲しい」
「最近呼んでなくてごめんね?」
「ええよ。新婚さんやろ。二人の時間を楽しみたいんやろ?」
やはりルリちゃんは良き理解者でした。僕はタバコをくゆらせ、彼女の顔を見つめました。話は就活のことになりました。彼女は関西には戻らないと言い、こちらの企業を片っ端から受けるようでした。僕は兄と離れたくなかったですから、転勤のない企業を狙っていました。
ハッキリ言って、僕は就活には不利な状況でした。ただでさえ文学部出身で、資格も何も持っていません。サークル活動もしていないし、アルバイトも途中でやめてしまいました。振り返ると、兄と交わってばかりの大学生活でした。
仕方が無いので、ボランティア活動をしていたと捏造しました。エントリーシートには嘘ばかり並べました。梓を埋めたことを隠し続けていた僕です。そのくらい、容易なことでした。
そういえば記者さんは、なぜこのお仕事を選んだんですか。こんな長い話を聞いていてしんどくはないのですか。そうですか……興味深い? 好奇心が旺盛な方なのですね。それでは最後まできちんと聞いていただきましょうか。結末はご存じでしょうけど、過程が気になるでしょう? 大丈夫。お話ししますから。
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