43 浮気

 また、兄の誕生日が来ました。彼は三十五歳になりました。結婚して、子供がいてもいい年頃でした。

 僕の症状も落ち着いてきたし、何より暇だと漏らしていたので、兄はまたファミレスのアルバイトに戻りました。

 今年は殴らない、と約束してくれていたので、僕はいくらか安心してディナーを楽しむことができました。

 バーではネックレスを渡しました。彼はその場でつけてくれました。鎖骨にチェーンがあたり、色っぽさを演出していました。

 約束はしてくれていたのに、やっぱり僕は暴力を受けました。髪を引っ張られ、床に打ち付けられました。腹に何度も拳を受けました。仕方の無い人だ、と僕は達観していました。

 終わった後、兄は僕を抱き起こし、何度も謝りました。


「ごめんな? ごめんな?」

「泣かないで、兄さん。兄さんが僕を愛してくれているのはわかってるから」


 兄は弱い人でした。その頃の僕は、充分それがわかっていました。床には僕の抜け落ちた黒髪がいくらか散らばっていました。それをかき集めて捨てました。


「兄さん、抱いてよ。それとも抱こうか?」

「どっちもしたくない……」


 ベッドに横になり、兄は壁の方を向いてしまいました。僕は彼の背中に張り付きました。兄は特に振り払おうとはしませんでした。

 誰かが僕の肩を叩きました。振り向くと、梓でした。いつものように青白い顔をしていました。


「いつまでこんなこと続けるつもり? あなたたちは共依存。暴力が無いと続けられない、歪な関係なんだよ」

「わかってるよ」

「もうやめよう。あたしのところへおいで」

「消えろって」

「……またメスガキと話してるのか、瞬」


 兄は僕の方を向きました。いつになく厳しい表情をしていました。


「お前さ、重いんだよ。一人になりたい。家帰れ」

「うん……」


 僕は言われた通りにしました。重いと言われたことがズシリと心に響きました。薬を飲み、眠りました。

 翌日、呼び出したのは海斗でした。僕は彼に囁きました。


「ねえ、本当に男の味、知りたくない? させてあげるよ」

「オレはそっちの趣味無いってば」

「病み付きになるかもよ……?」


 何度も説き伏せると、海斗は承諾しました。僕は彼に抱かれました。


「いい子だね、海斗。またしようね」


 僕は兄の家に行かなくなりました。海斗との行為にのめり込みました。彼も僕の身体に溺れてくれたみたいで、女よりいいとまで言わせました。

 クリスマスが来ました。兄からは連絡すらありませんでした。僕はルリちゃんと海斗と三人で過ごしました。

 海斗としている所を、ルリちゃんに見てもらいました。彼女はスマホを向けました。


「瞬くん、気持ちいい。気持ちいいよ……」

「あーあ、完全に浮気やん」


 ルリちゃんの嘲笑も、僕を感じさせるだけでした。海斗の腰の動きも激しくなりました。

 二人が帰った後、梓が来ました。


「相手なら誰でもいいんじゃない。結局瞬はセックスがしたいだけ。お兄さんじゃなくてもいいんだ」

「でも……やっぱり、兄さんがいい。兄さんの所に戻りたい」

「海斗くんは性欲処理に使っただけ? 酷いね。また罪を重ねた」

「あいつだって気持ちいいって言ってたから、いいじゃないか」

「お兄さんと同じこと言ってる。自覚ある? やっぱり兄弟だね」


 着信がきました。兄からでした。


「今すぐ来て」


 ルリちゃんが、動画を兄に送ったのです。彼は泣きながら僕にすがりつきました。


「重いなんて言ってごめん。俺から離れないで。もうこんなことしないで。俺だけを見て」

「わかった。じゃあ、しよう?」


 ルリちゃんの行動には感謝しました。こうして兄を取り戻せたのですから。僕は兄の中に入り、溜まっていたものを吐き出しました。

 離れていた時間は、兄にとっては僕との関係を見つめ直すものになったようです。ぽつり、ぽつりと彼は話し出しました。


「瞬がいなくなってわかった。やっぱり俺には瞬が必要だ。なあ、笑うなよ。メスガキが俺の所にも来た。瞬は今頃他の男と寝てるよって言ってきた。まさか本当だとは思わなかった」

「海斗とはもうしないから。だから許して、兄さん」


 しかし、海斗が僕を手放してくれませんでした。男の味を覚えさせたのはお前だろ、と詰められました。僕は抗うことができずに、彼と身体を重ねました。僕が兄にされたのと同じように、海斗の身体を開発しました。

 大晦日がきて、さすがに僕は実家に帰りました。就活は大丈夫かと父に聞かれたので、曖昧な返事をしました。正月になり、兄と初詣に行きました。

 長い冬休みの間に、海斗の開発は終わり、僕は彼を抱きました。いくらか、兄の気持ちがわかりました。この手で作り変えた肉体を抱くのはいいものですね。征服感に満ち溢れました。

 これは、今でも兄には秘密のことなんです。まあ、こうして記者さんには打ち明けてしまったわけなんですけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る