46 判明

 九月になり、大学が始まりました。とはいえほとんど行くこともなく、ルリちゃんや海斗と会うこともなかったです。彼らは内定が出たようでした。僕はわざと卒論を提出せず、就職留年をしようかとまで考えていました。

 ニュースが流れました。遺体が花崎梓だと判明したのです。とうとうこの時がきたか、と僕と兄は身構えました。予想通り、刑事さんがファミレスに来ました。辞めた僕も、当時交流があったということで呼ばれました。

 就活の面接のようなものだと思い、僕は臨みました。梓とは、確かに仲が良かったが、恋人といえる関係では無かったこと。特に交友関係は把握していないということ。それらを述べました。アルバイト先の先輩が亡くなったのです。沈痛な表情も浮かべました。

 兄はもっと詳しく事情を聞かれたようです。ですが、彼です。難なく乗り切ったとのことでした。

 梓の葬儀が行われました。当然、遺体と対面することは叶いません。遺影の彼女は、ヒマワリのように明るく微笑んでいました。彼女の両親やお姉さんが泣いているのを見て、僕も涙をこぼしました。

 それからです。また、梓が現れるようになりました。


「ねえ、瞬。どう思った? 自首する気になった?」

「いや。自首はしない。自殺もしない。僕はもう、兄さんと結婚したんだ」

「誰からも祝福されない結婚なんてして嬉しい? あなたたちは、兄弟なんだよ?」

「嬉しいよ。僕と兄さんは愛し合っているんだ。世界の承認なんて要らない」


 ルリちゃんから連絡が来ました。僕は彼女を自分の家に呼びました。


「花崎さん、殺されたんやってね。瞬くん、大丈夫?」

「大丈夫じゃないかも。辛いよ。どこの誰が殺したんだろう」


 僕はルリちゃんの胸で泣きました。その涙がどこからきたものなのか、自分でもわかりませんでした。彼女は純粋に僕を心配してくれました。僕は世界を欺き続ける必要がありました。共犯者が居るからこわくはありませんでした。

 卒論をしなければなりませんでした。しかし、僕は一行も書けなくなっていました。ぼおっとして、自分が書いた文章を読み返すことさえできませんでした。ゼミに行くことも教授に会うこともせず、兄の家に引きこもりました。

 唯一の気晴らしは、料理でした。兄の喜ぶ顔を想像し、色んなものを作りました。料理をしている時は、梓は現れませんでした。しかし、何もしていない時は、必ず彼女が僕に話しかけてきました。


「瞬。早くこっちにおいでよ。あたし、ずっと待ってるんだよ?」

「行かない。僕は兄さんから離れない。離れたくない」

「全てが楽になれるよ。警察に追われることもない。就活も卒論もする必要がない。永遠が手に入るんだよ」


 その誘いは魅惑的ではありました。何も手につかない僕は、死に救済を見出しかけていました。踏みとどまれたのは、兄の言葉があったからでした。


「瞬、しっかりしろ。あの女はお前の妄想だ。死ぬな。絶対死ぬな。俺は、瞬の居ない世界なんて、一秒だって生きていたくないんだ。一緒に生きよう。俺たち、結婚したろ?」


 確かめるために、僕と兄は何度も身体を交わしました。兄の鍛え上げられた肉体は、僕を優しく包み込んでくれました。同じ血が通っているにも関わらず、僕と兄は隅々まで違っていました。もう触れていないところなど無いのではというくらい、僕は彼を愛しました。

 就職はもう、諦めていました。卒論も。僕は大学を退学しました。親にはその事実を告げずにね。スマホは見なくなりました。梓の捜査状況も、どうせネットで調べてもわかりません。それに、警察の手は迫っていませんでした。兄は相当上手くやったようです。全く怪しまれていないみたいでした。

 兄が居ない時は、僕は撮りためた動画を観ました。営みの一つ一つを思い出す度、身体がうずきました。僕は兄に童貞を奪われて良かったと心底思いました。結婚した人が初めての人だなんて、素敵じゃないですか。

 梓も一緒に動画を観ることがありました。ルリちゃんに緊縛されているものを観て、彼女は顔をしかめました。


「彼女も、罪深い。兄弟同士のやり取りを、認めるだけじゃなくて参加するなんて」

「それがルリちゃんだよ。梓には一生理解できないだろうね。ああ、もう死んでたんだった」


 大学を辞めてしまった僕のことを、ルリちゃんも海斗も心配してくれました。けれど、彼らに会う気は起こりませんでした。僕の世界には、兄だけが居れば十分でした。アルバイトから帰ってきた彼を抱き締めて、料理を食べさせる。そんな日々が続きました。

 季節は流れて、冬になりました。僕の髪もまた、伸びました。料理の時は、ヘアゴムでくくりました。スーパーやコンビニの他にはどこへも行かず、僕は徹底的に人との関わりを断ちました。吉野さんにだけは、たまに交番に行って挨拶をしました。彼は地域の頼れるお巡りさんとして、僕たち兄弟を見守ってくれました。

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