41 現実

 気がつくと、僕は病院のベッドに寝かされていて、酷い頭痛と吐き気、それに目眩がしました。


「こんくらいのODで死ねるかよ」


 パイプ椅子に座っていた兄が、忌々しそうに吐き捨てました。その様子がとても懐かしくて、僕は微笑みました。


「夢を見たよ。長い夢をね……」


 僕は夢の内容を話して聞かせました。兄は興味深そうに耳を傾けてくれました。特に、夢の中では兄が生まれることができなかったというのが気に入ったようでした。


「俺の母親とはデキ婚だったって聞いてた。瞬に話したことは無かったよな?」

「うん、無い」

「こんなこともあるもんだな。ちょっと、びびった」


 精神科への入院もすすめられましたが、兄が責任を持って面倒を見るからと断りました。


「俺、バイト辞めるよ」


 兄によると、二人分の生活費くらいは、援助も貯蓄もあるし、何とかなるとのことでした。僕はそれに甘えました。

 夏休みはまだありました。何とか大学に行けるよう、僕は兄によって生活を整えられました。朝のウォーキングも再開しました。兄と一緒にです。

 吉野さんに会うこともありました。兄弟仲良くしているのを見て、彼は安心したようでした。


「瞬くんもいいお兄さんを持ったね。病気、良くなるといいね」

「はい。本当にいい兄です」

「よせよ、目の前で。照れ臭い」


 肉体の行為にも、またのめり込んでいきました。昼も夜も関係なく、僕は兄を求めました。一日中、裸で過ごしている時もありました。

 最中に、梓が僕の耳元で罵ってきました。


「この淫乱。結局、セックスがしたかっただけなんだね」


 否定はできませんでした。梓に罵倒されたことで、より高ぶっていくのがわかりました。兄は僕の反応を見て悦んでいるようでした。

 僕は現実を生きることに決めていました。梓の影は僕と共にありましたが、それすらも飲み込むことにしました。兄がべったりとくっついてくれていましたから、梓と会話することもありませんでした。

 僕は料理に凝るようになりました。兄に食べさせて、感想を聞きました。彼は好き嫌いが多かったので、作るのは少し大変でした。

 その頃の僕にとって、生きていくことは、食べること、そしてセックスをすることでした。肉体をぶつける度、生の充足感に満ち溢れ、多幸感がもたらされました。罪の意識はやわらいでいきました。

 兄によると、まだ遺体の身元はわからない、というより、何もニュースが無いとのことでした。まあ、わかったとしても上手くやるけど、と兄は言い、僕も彼に従ってさえいればいいのだと思いました。

 僕の髪は伸びました。美容院に行く気になれなかったので、兄の手によって黒く染められました。切るのはこわいと言われたので、ヘアゴムでまとめられるくらいの長さになったそれをそのままにしていました。

 夏休みが終わり、大学が始まりました。ルリちゃんは、夏の間僕たちが呼んでくれなかったことに文句を言いました。なので、兄に言って、また彼女との遊びを始めました。今度は彼女はセーラー服と女性用の下着を持ってきました。


「瞬くん、似合うわぁ。髪伸びたし、ほんまに女の子みたい」


 兄は僕に女装させる発想がなかったらしく、ルリちゃんの提案は斬新だと思ったようです。僕は彼女によって、体毛も剃られました。そして、セーラー服を着たまま夜中に外を歩かされました。兄とルリちゃんは、少し離れた距離で僕を見守っていました。

 こんな時間に女子高生が出歩いているわけはありません。たまにすれ違う人々が、妙な目で僕を見てきました。それすら快楽に変わりました。帰宅して、僕は下着だけをおろされ、兄に抱かれました。


「瞬、可愛い。たまにはこういうのもいいな」


 写真を撮っていたルリちゃんの姿が、途中から梓に変わりました。彼女は無表情でした。シャッター音が小さく鳴りました。


「この変態」


 梓が苦々しく言いました。彼女は僕たち兄弟だけでなく、ルリちゃんも恨んでいることでしょう。ルリちゃんが輪に加わることで、梓の尊厳をさらに傷つけることになるのですから。まさしく死者への冒涜です。

 でも、それこそが僕の選んだ道でした。行くところまで行きつくつもりでした。兄はどこまでも応えてくれるし、ルリちゃんによって楽しみの種類は増えました。

 バレなきゃいいんだよ。いつかの兄の言葉を思い出していました。開き直りとはこのことですね。僕は僕の罪を見つめることさえやめました。


「愛してるよ、瞬」


 兄はしきりにそういう言葉を吐きました。そんなことを言われなくても、愛情は伝わっていましたが、やはり直接言われるのは嬉しいものですね。

 僕も素直に兄に返しました。


「兄さん、愛してる。僕の全ては兄さんのもの。ねえ、もっと虐めて。もっと辱しめて。僕、まだまだ足りないんだ」


 そのセリフを梓も聞いていたのでしょう。彼女の視線が降り注ぎました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る