30 友情
黎姫先生の家から兄の家に帰宅すると、彼はカンカンに怒っていました。
「おい、俺に言わないでどこ行ってた」
「占いの、先生のとこ……」
僕は黎姫先生のことを正直に話しました。僕が前世や巫女といった言葉を出す度、兄は顔をしかめました。
そして、黎姫先生が梓を生んでくれるかもしれないと話したところで、拳が飛んできました。
「まだそんな妄想に浸ってやがるのか。やっぱり女はろくなことがないな」
兄は僕にシャワーを浴びるよう命令しました。お香の匂いがすっかり染み付いていたようです。
久しぶりに殴られたショックと、黎姫先生と交わってしまったことの後悔で、シャワーを浴びながら泣きました。
「ちゃんと洗い流してきたか」
兄は腕組みをして、脱衣場で待っていました。ガシガシと乱暴にタオルで水滴を拭かれました。
「ごめんなさい、兄さん。ごめんなさい……」
「すがるなら俺にすがれ。他のものは捨てろ。わかったか?」
そのまま僕は兄に抱かれました。身体にいくつもの痕をつけられました。僕は兄のものなのに。なんて軽はずみな行動をしてしまったんでしょう。
僕は黎姫先生のオンラインサロンを退会させられました。ルリちゃんには彼女に犯されたことを言いました。
「さすが先生やわぁ。子宮の声をちゃんと聞いてはるんやな。うちも見習わんと」
すっかり心酔しきっているルリちゃんには、何を言っても響くどころか、都合のいい方向にねじ曲げられるみたいでした。
兄には黎姫先生を知ったきっかけがルリちゃんだとは伝えていなかったので、彼女との交際は許されました。
僕は大学でルリちゃんと二人で行動することが増えました。付き合っているのかとよく聞かれましたが、男女の友情はあるのだとキッパリ否定しました。
今でもルリちゃんは、僕の一番の親友です。最後まで、僕の味方で居てくれましたからね。
季節は流れて、十月になりました。二週間に一回、兄と一緒に精神科に行き、症状は徐々に落ち着いてきました。
大学に行けば、ルリちゃんが居ますし、アルバイトでは兄が居ます。僕は梓のことを忘れるよう努力しました。彼女との思い出すら封印し、そもそも出会わなかったのだと思い込もうとしました。
ある日、ルリちゃんに宅飲みしようと誘われました。兄の了解を得て、彼女の家に行きました。彼女は興奮気味にこう言ってきました。
「黎姫先生に、瞬くんとのこと見てもろてん。やっぱり縁があったんよ」
ルリちゃんによると、過去生では僕が王様で、彼女が参謀だったそうです。戦場で僕は命を落とし、参謀だった彼女はそのまま自害したそうです。二人の魂の結びつきは強く、今の生でも共に世界と戦う仲だということでした。
「うち、それで納得できたわ。ずっと瞬くんの友達でおるで。来世もな」
男女二人きりという環境でしたが、僕もルリちゃんも妙な気を起こすことはありませんでした。
ルリちゃんには何人かセフレが居るようでした。それは、黎姫先生の教えを守ったからこその結果でした。彼女もそこそこ、美人ですからね。相手には困らなかったのでしょう。
なぜ僕には欲情しないのか、その時聞きました。
「うーん、何やろね。男の言い方したら、瞬くんでは勃たへんねん」
「僕もルリちゃんじゃ勃ちそうにない」
「せやろ? お互いそうやねん。過去生でもっと何かあったんかな? また黎姫先生に見てもらおか……」
その日ルリちゃんと鍋をしました。缶チューハイも飲みながら。食べおわった後、ベランダでタバコを吸いました。夜風に吹かれていると、いつかの梓の長い髪を思い出してしまいました。
「瞬くん、どないしたん? また発作?」
「うん……そうみたい」
半分しか吸っていなかったタバコをもみ消し、僕はしゃがみこみました。ルリちゃんがバッと抱き締めてくれました。
「大丈夫、大丈夫……」
ルリちゃんの熱が、僕を落ち着かせてくれました。梓の幻影は消え、僕は立ち上がることができました。
「ありがとう、ルリちゃん」
「ええって。はよ部屋戻ろう」
兄の家に帰りましたが、無人でした。僕はソファに寝転がり、長い間彼の帰りを待っていました。梓が僕の頬を撫でてきました。僕はそれを振り払いました。
「いい加減にしてくれよ。もう僕は、兄さんと生きていくんだ」
梓は青白い顔で僕を睨んできました。僕は彼女と目を合わせました。首に手を伸ばそうとしてきたので、僕はその手をはたき落としました。すうっと彼女は消えました。僕は夜の薬を飲んでいなかったことを思い出しました。服薬して、少しすると、眠くなってきましたが、兄をこの腕で出迎えたくて耐えました。
「ごめん、遅くなった」
もう日付が変わっていました。僕は玄関で兄に抱きつきました。彼が靴も脱いでいないのに、ねちっこくキスをしました。
そのまま兄と交わりたかったのですが、彼は酷く酔っていて、ベッドに倒れ込むなりすぐに寝息をたてはじめてしまいました。
僕は兄の側にぺとりとひっついて、彼の鼓動を聞いていました。
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