22 告白

 大学生は、冬休みも長いですよね。僕はアルバイトに励みました。梓さんへの恋心は封じ込めたものの、やはり会えるのは嬉しかったです。

 二月十四日。その日もシフトに入っていました。退勤後、梓さんが喫茶店に行こうと誘ってきました。

 そこで手渡されたのが、手作りのチョコレートが入った紙袋でした。バレンタインデーのことは意識していましたが、まさか手作りを貰えるとは思っていませんでしたね。


「瞬くん。前さ、坂口さんの前では、弟みたいな存在って言ったよね」

「そうでしたね」

「あれから色々考えたの。本当はどうなのかなって。あたし、やっぱり瞬くんのこと、弟なんかじゃない。恋人にして欲しいの」


 僕は呆気に取られました。もうフタをした筈の想いが、向こうから開けられるだなんて。はやる心を抑え、僕は話を最後まで聞きました。


「返事は今すぐじゃなくていいよ。瞬くんも、悩んでることあるんでしょう? だから、ゆっくり考えて。元のバイト先のお姉さんでいいのなら、そうする」


 梓さんは、ホットコーヒーを一口含んで、最後にこう言いました。


「そうだなぁ。期限は決めとこうか。ホワイトデーまでね。その日までに、返事ちょうだい」


 そして、梓さんは席を立ちました。取り残された僕は、兄に連絡しないと、と一瞬考えましたが――どうしてそんな必要がある? 命令されてもいないのに?

 僕は兄に隠し事をすることにしました。告白されたこと、そして付き合うことは、秘密にすればいいのです。

 初めて恋が実りました。梓さんも僕のことを想ってくれていた。そのことに心が踊りました。

 返事はそう先延ばしにする必要はありません。帰ってから、チョコレートを頂いて、その感想も含めて、次に会った時に伝えよう。そう決めました。

 帰宅して、封を開けました。可愛らしいトリュフチョコレートでした。これを梓さんがあの小さな手で作ったのだと思うと、食べるのが勿体ないくらいでした。

 一口つまんで、幸せに包まれていると、スマホが振動しました。兄からの電話でした。


「今すぐうち来い」


 それだけ言って切られました。僕は慌てて支度をしました。兄の機嫌が悪いことは明らかでした。

 ダイニングテーブルを挟んで、兄と対面しました。既にコーヒーができていました。それを飲みながら、僕は彼の顔色を伺いました。


「なあ。あのメスガキに告白されたろ」


 僕は愕然としました。あの喫茶店には、兄の姿は無かった筈。位置は特定されていたでしょうが、会話の内容まで知られているわけは無かったんです。


「何のことですか?」


 僕はとりあえずとぼけました。すると、平手が飛んできました。


「盗聴器つけてんだよ。お前らの会話は全部聞いてた」


 兄はどこまで執念深いのでしょうか。そして、僕を信頼していないのでしょうか。僕は謝りました。


「はい。済みません。告白されました」

「で、ホワイトデーまでだっけ? もちろん断るよな?」


 僕は押し黙りました。ここで、はい断りますと言うのは簡単でした。しかし、僕にも男としての意地がありました。


「僕は……僕は、梓さんのことが好きです」


 兄は立ち上がって僕の耳を引っ張りました。千切れそうなくらい強くされました。僕が痛いと悲鳴をあげると、舌打ちをされ、手を離されました。


「お前は俺のものなんだよ。女なんかと幸せになろうったってそうはいかないぞ? 俺と俺の母親から幸せを奪ったんだ、お前は。そのこと忘れたか?」

「僕は悪くない、兄さんもそう言ってたじゃないですか!」

「いーや、お前が悪い。俺は被害者なんだ。で、お前が加害者」


 激昂している兄に、何を言っても無駄だと思いました。僕は帰ろうとして席を立ちました。

 廊下に出ると、兄が僕の頭を掴み、壁に打ち付けました。ぐらり、と世界が揺れました。僕は床にうずくまりました。

 それから幾度も蹴られ、寝室へ追い込まれました。服の襟首を掴まれベッドに投げ出され、服をはがされました。


「やめてください。お願いです。僕はもう、まともになりたいんです」

「血の繋がりから逃げられるわけはねぇんだよ、バーカ」


 身体中が痛んでいました。特に頭が。僕はぼうっとしたまま、仰向けになって、兄のしたいようにされていました。

 そして、最終的にこう約束させられました。


「はい。告白を、断ります」

「よしよし。もう女のことなんか考えるなよ?」


 けれども僕は、梓さんに手紙を書くことを思い付いていました。今までの兄とのことを全て明らかにし、脅されていたのだと証明するのです。

 翌日、帰宅してから、僕はノートパソコンにこれまでの経緯のメモを打ち込み始めました。梓さんに本当は伝えたくない内容も、とにかく全てを。

 そうです。ここまでのことは、一度整理しているんですよ。だからスラスラとお話することができました。

 ホワイトデーまでに書き上げて、こっそり梓さんに読んで貰おう。僕は決死の思いでキーボードを叩きました。

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