21 新年
兄の家に着くと、味噌のいい香りがしていました。彼は雑煮を作っていました。
「これ、婆さんの見よう見まねで作った。味は再現できてないけどな」
白味噌に、野菜は大根と人参。煮た丸い餅が入っていました。
「すっごく美味しいです」
「なら良かった」
穏やかな時間が流れていました。新年独特の空気といいましょうか。神聖なものでした。けれど、明日からは早速アルバイトです。正月気分は今日まででした。
「瞬。初詣行こうか」
「いいですね」
僕たちは電車に乗り、大きめの神社を目指しました。近付くにつれ、人が多くなってきて、僕は兄とはぐれそうになりました。
「おい、瞬。手」
僕は兄と手を繋がされました。人混みの中です。気付かれていないかもしれませんが、男同士でそうしていることに恥ずかしさがありました。
賽銭を入れ、手を合わせました。僕は自分と家族の健康を祈願しました。いつもそうするんです。神様には、自分の努力だけではどうにもできないことをお願いするようにしていました。
そして、家族の中には、もちろん兄も含まれていました。兄にも健康で生きていて欲しい。純粋にそう思っていました。
兄の願いは物騒なものでした。
「あの男が苦しんで死にますようにって願っといた。まあ、俺は神様なんか信じちゃいないんだけどな」
だったらなぜ初詣に来たのでしょう。理由は単純でした。
「おっ、イカ焼き。お好み焼きもいいな。ラーメンもあるぞ」
兄は少年のようにくるくると屋台を見回して、僕の手を引きました。あれこれ悩んだ末、飲食スペースのあった大きめのラーメン屋台に決めました。
発泡スチロールのカップに入った醤油ラーメンは、さほど美味しいとは思いませんでしたが、兄は嬉しそうでした。
おみくじも引きました。僕は末吉、兄は大吉でした。僕のおみくじには、ろくなことが書かれていませんでした。恋愛や家庭運が特に悪かったです。
帰る途中にコンビニに寄り、弁当を買いました。夕食まで、一本の映画を観ました。僕の読んだことのあるSF小説が原作のものでした。
余韻に浸っていると、兄がキスをしてきました。今夜もするつもりなのは明らかでした。
弁当を食べ、寝室へ行き、服を脱がせ合いました。兄は僕の肌に吸い付き、痕をつけてきました。そんなことをしなくても、僕は彼のものなのに。
「瞬。上手になったな」
僕は唾液をたっぷりと出し、唇をすぼめ、ゆっくりと動かしていました。兄の褒め言葉は素直に嬉しいと感じました。
「最初はすっげー下手くそだったのに。やっぱりお前って淫乱なんだよ」
違う。僕は兄の機嫌を損ねないように、そうしていただけなのに。しかし、口は塞がっていますし、そもそも反抗なんてできません。
兄が吐き出し終わり、今度は僕の番でした。的確に刺激され、僕は果てました。タバコを吸いながら、兄に尋ねました。
「ねえ、兄さん。聞いてもいいですか」
「なんだ?」
「いつも兄さんが下じゃないですか。今までは、その……どうだったのかなって」
「ああ……」
詰問のような形で、今のポジションに収まった僕たちでしたが、元々は兄は抱く方が好みだったらしいです。長く遊んでいるうちに、どちらもできるようになったと。
兄はニヤニヤしながら、まだ服を着ていなかった僕のお尻を触ってきました。
「何? こっちでもさせてくれる気になった?」
「いえ……正直、こわいです」
できることなら、それは避けたいと僕は思っていました。許してしまうと、いよいよ歯止めがきかなくなるのではと恐れていました。
僕の目的は、早く兄が性的なことから見放してくれることでした。これ以上追求してしまって、蛇をつつくのはやめたかったのです。
「兄さん、ごめんなさい。そっちだけは、どうしてもできそうにありません」
「まあ、慣らすのも時間かかるしな。無理にとは言わねぇよ。その気になったんなら、いくらでも手伝ってやる」
僕は先に寝てしまいましたが、ふと深夜に目が覚めました。兄がベッドに居なかったので、探しにリビングに行くと、ダイニングテーブルでノートパソコンに向かっていました。
「何してるんですか?」
「おう、起きたか。動画の編集」
情事を収めた動画の量は、物凄いことになっていました。僕は冷ややかな目で兄の作業を見守っていました。
喉が渇いたので、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して飲みました。兄がビールをくれと言ってきたので、それも出して渡しました。
「やっぱり初日のやつが最高だよ、瞬。童貞喪失の記念を残せるなんてそんなにないことだぞ。良かったな」
「ははっ……」
この状況を一緒に悦べたらどんなに楽でしょう。当時の僕は、脅しの材料がたっぷりと貯まっていることに戦慄しました。
まあ、その動画については、他の使い道もあったんですけどね。それについては、記者さん。あなたもご存じの通りですよ。
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