15 視線
前日に梓さんに会っていたことを知っていたからか、その日の兄は不機嫌でした。リビングのソファで缶ビールを出され、それを飲むよう言われました。兄も飲みました。
僕は暴力をふるわれることを覚悟していました。あんなに幸せな時間を梓さんと過ごせたのです。薄汚いこの僕が。その報いを受けるなら仕方がないことだと思いました。
梓さんと何を食べたのか聞かれました。そして、どういうやり取りを交わしたかも。僕は嘘偽りなく答えました。
「まったく、あんなメスガキのどこが良いんだか……」
梓さんを侮辱されたことに怒りがわきましたが、抑えました。不味いビールと一緒に飲み込みました。
横並びに座っていた兄は、僕の肩に腕を回してきました。僕はされるがままになっていました。
「瞬。どうして俺だけを見てくれないんだ?」
何も答えない方が、酷い目に遭うことはわかっていました。けれど、その時は返答できずにいました。答えを持ち合わせていなかったのです。
「まあ、今はまだいいよ。瞬が本当は女しか愛せないのは知ってるから。初恋もあの学級委員だったろ?」
そんなことまで知られていたのか。僕は改めて、兄のことが恐ろしくなりました。どこまで彼は僕の高校生活に立ち入っていたのでしょうか。全く気付かないまま。
そろそろ寝室へ向かうのだろうと身構えていましたが、いつまで経っても兄がソファから立ち上がる気配はありませんでした。彼は言いました。
「俺が殴るからいけなかったんだよな? 兄さん、もうしないようにするから。優しくするから。女のところなんて、行かないでくれよ……」
そして、長いキスをされました。僕は声を漏らしました。兄は僕の頭も慈しむように撫でました。
兄弟でキスをすることは普通ではありません。けれど、このくらいならいいんじゃないか。そんな発想になりました。
初めてだったんですよ。気持ちいいと思えたの。永遠にこの時が続けばいいとすら感じました。
それから、もうしないという約束。僕だって、殴られないにこしたことはありませんでしたからね。それを守ってくれるなら、それでいいと思いました。
唇を離し、兄は言いました。
「瞬。お前は俺とどうしたい?」
「キスまでだったら、いいです。それ以上のことは、辛いです」
「そっか。まだ気持ちよくならねぇんだな」
「そういうことじゃないです。兄弟で、あんなことをするのが、やっぱり耐えられないです」
兄が兄でなく、血の繋がらない他の男ならば、行為に対しての嫌悪感はそこまで無かったかもしれません。でも、その時はどうしても、そこが譲れなかったのです。
「俺は、兄弟だからこそ気持ちいいけどな。わかった。まだ足りてないんだな」
結局、僕たちは寝室に行きました。兄は僕だけを脱がせ、じっくりと焦らすように攻めてきました。
兄によって、僕の身体は過敏になるように作り替えられていました。もちろんカメラは回っていました。そのことを忘れてしまうほど、しつこく指や舌を動かされ、僕は嬌声をあげました。
それでも、肉親にそんなことをされているというのは心地が悪いものでした。どうしたって、意識しました。
「次、瞬がやれ」
僕は喉の奥までくわえこみました。それができるような身体にもうなっていました。兄の情欲をしっかりと飲み込むと、彼は僕の髪を掴みました。
「嫌そうな顔しやがって。ちょっとは……いや、殴らないって決めたんだったな」
髪から手を離し、兄はベッドにごろりと仰向けになりました。何の指示も無かったですが、どうすればいいのかはわかっていました。僕は腰を動かしました。
なるべく他のことを考えることにしました。僕のSFの登場人物たちの設定を練ることにしました。しかし、そのことは兄にバレていました。
「おい、他のこと考えてるだろ。俺のことだけ見ろよ」
僕は兄と視線を合わせました。不適に微笑む彼の顔立ちは、やはり美しいと思いました。
兄が言っていた通り、僕たちは母親に似ました。僕と兄の共通点なんて、微塵も見出だせませんでした。
「瞬。好き。大好き」
そんな甘い言葉を吐かれて、僕はほだされそうになりました。しかし、兄弟は本来、交わってはいけません。僕は早く終わらせることに集中しました。
「まあ、急ぐなよ。ゆっくりしよう」
兄は僕の腰を掴みました。それから体勢を変えられ、今度は兄が動かす格好になりました。
とても、長かったです。兄は僕のタイミングを知っていました。それでわざと、動きを止めて、ニヤニヤと見下してきました。
ようやく達することを許された後、僕たちは裸のままタバコを吸いました。喫煙は、もう美味しいと思えるようになっていました。
僕は梓さんのことを考えました。彼女も今頃タバコを吸っているのだろうか。そんなことです。
兄に何度も汚されても、梓さんへの想いは消えませんでした。むしろ、より一層大きくなっていきました。
いつか、梓さんに自分から打ち明けて、全てを許してもらいたい。そういう気持ちになってきました。しかし、その勇気はとうとう最後まで出ませんでした。
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