第26話 重なり
愛子に初めて告白されたのは、小学四年生の冬だった。
英語の塾の帰り、俺は先生に質問したいことがあって長めに残っていた。当時の俺は気づかなかったが、そのとき愛子も残っていたのだろう。
俺が先生への質問を終えて、ジャンバーを着て教室を出ると、愛子が急いで俺に追い付いてきた。
愛子が残っていたことに気づかなかった俺は、愛子に肩をたたかれてびくっとしてしまったのを覚えてる。
「私、健吾のことが好き」
何の前触れもなくそう告げられた俺は「あ、はい」としか答えられず、状況を理解するのに必死だった。
そんな混乱状態の俺をよそに、愛子は告白を終えると一目散に階段を下りて塾を出て行ってしまった。
取り残された俺は唖然としたまま立ち尽くし、少し時間が経ってから階段を下りて塾を出た。
この時は突然のことだったし、愛子がすぐに逃げてしまったことで返事が言えなかった。
いや、きっと突然でなくても時間があっても当時の俺は答えを出せなかっただろう。
その証拠に、愛子からの二回目の告白のときがある。
一回目の愛子からの告白を受けても、俺は愛子に対する態度をあまり変えなかった。何だかうやむやになってしまった気がするし、愛子もいつも通りの態度で接してきたからだ。
当時の俺は正直何もわかっていなかった。
自分が愛子をどう思っているのかも、愛子が自分をどう思っているのかも、何もかもわかっていなかったのだ。
だから俺は、愛子に花火大会に行こうと誘われたとき断らなかった。
でも自分の気持ちがはっきりしないなら誘いを断るべきだったのだ。
きっとそれは周りから見たら当たり前に分かる愛子からのデートからの誘いだった。それを受け入れるということは愛子からの告白を受け入れたのも同然だ。
それなのに俺は、未だ友達と遊びに行くというテンションで誘いを受け入れた。やっぱり俺は態度を変えるべきだったのだ。
俺が愛子と花火大会に行くということは当たり前のように友達に広がっていて、小学生の時は友達の多かった俺はそれについて色々と聞かれた。
愛子が好きなのか、告白を受けるのか、どうすることに決めたのか、そんな同じような内容の質問を何度もされた。
しかし俺はそれも適当に流して、深く考えていなかった。
本気で愛子に告白されないと思っていたわけでもなかっただろうが、少なくとも俺は決断することから逃げていたのだろう。
そんなことにも気づかないまま、花火大会当日は訪れた。
その時の愛子は浴衣姿で、ピンク色の花の浴衣だった。俺はいつも通りのTシャツに半ズボンだった。
二人で適当に屋台を見つつ、花火の上がる時間まで待った。
花火が上がるまでは、確かに俺たちは友達として接することができていた。ご飯を一緒に食べても、雑談を繰り広げても確かに友達だった。
その関係が終わったのは、二発目の花火が上がったその時だった。
「私ね、健吾のことが好きなの」
愛子は俺に聞こえるように、俺の正面からそう言った。
その言葉を聞いて、俺はまたしても混乱した。
混乱して、自分でもよくわからないまま愛子に対する怒りが心の内で溢れてしまった。
さっきまでは全然そんな空気がなかったのに、なんで急に雰囲気が変わるんだ。
俺は愛子と付き合いたいわけでもないし、関係を断ち切りたいわけでもない。それなのに何で、愛子は今の関係を変えようとするんだ。
俺は全然気持ちも考えも追いついてないのに、そうやって押し付けて来るんだ。
なんでそんなに頬を赤くして照れたように笑ってる。
俺はどうすればいいんだよ。
俺は何もわからなのに、今無理やり答えを出さなきゃいけないのか。
タイムリミットは次の花火が上がるまでか? それまでに強制的に答えを出さなくちゃいけないのか?
花火大会なんて言う特別な雰囲気で俺を押し殺すつもりか。
俺に負荷を加えて限界まで追い詰めて何になるんだよ。
もういっそ、聞こえなかった振りをするか?
案外愛子は喜ぶかもしれない。そんなベタなロマンチックな展開は愛子好みだろう。何しろ花火大会で告白するような女の子だ。
じゃあ無駄だなあ。
よく考えたら、これも愛子からしたら二回目の告白なんだし、三回目なんて案外簡単にできるものだろう。
じゃあ、どうすることもできないじゃないか。
答えを出すこともできないし、聞こえなかった振りをすることもできない。じゃあ、聞こえたうえでも、何も言うことができないじゃないか。
「健吾……?」
愛子が不安そうな顔で俺を覗き込んできた。そのまま無視すれば、愛子は泣き出してしまうかもしれない。
でも、不安で心配なのは俺の方なんだよ。泣き出したいのも一緒なんだよ。
なんで伝わらないんだ。
伝わってほしい。
俺の思いが伝わればいいのに。
愛子のことが好きで、大切なのが伝わればいいのに。
そんなことを思っているうちに、愛子はどこかへ行ってしまい、俺は一人で花火を見るしかなくなってしまった。
ドーン! シュワワワ……
花火がそうやって消えるのを、俺はまたしても一人で眺めていた。
現在後夜祭の花火大会が行われている。愛子に断られてしまった俺はただ一人で花火を感じていた。
ドーン! と体に響く音だが、あまり胸には響かなかった。
愛子の断られて、愛子の思いに触れて俺はあの後愛子を追いかけるなんてできなかった。
きっと、愛子は怖かったに違いない。
多分愛子はまだ関係を進める気がなかったのだ。俺が頼れるようになったら、思いを打ち明けるつもりでいたのだろう。
でも俺が無理やり関係を進めようとしたから、愛子は拒絶するしかなかったのだ。
そんな風に多少大人になった今の俺はそう思えるが、当時の愛子はそう思えただろうか。
きっと、単純に嫌われたと思っただけだろう。
正直俺も、愛子が俺のことを好きなのかわからなくなってしまった。まあ、それが普通の状態なのだろうけれど、そうなると急に不安になってくる。
不安と言えば、あの時の花火大会後の学校は特に不安に思ったのを思い出した。
愛子に会うのも不安だったし、友達に冷やかされるもの不安だった。
結局その不安は的中して、俺はすっかり一人になってしまったわけだが、愛子も同じような恐怖を感じているだろうか。
それなら、俺は早くこの問題を解決しないといけない。
当時の俺と愛子の関係は、今完全に逆転している。
お互いの痛みがわかった今、問題を起こした俺の方が何か行動を起こすべきだ。
だから俺は愛子に告白する。
そう決めた。
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