第25話 どう思ってる?
その後の実験もクラスの仕事も何の問題もなく終えることができ、文化祭一日目は終わった。
大したことはしていないのに体は疲れていて、明日の朝も早かったので俺は早めに寝た。明日は今日よりも疲れるだろうし、体力を回復させておきたかったのだ。
朝は思っていたよりも、すんなり起きることができた。大体九時間ぐらい寝ていたので、ちょっと寝過ぎの気もするが、ちょうどよかったみたいだ。
俺は昨日と同じクラスTシャツを着て、自分の部屋から出た。
顔を洗って、朝ごはんを食べて、としているうちにすぐ家を出る時間になる。俺は何の荷物も入っていないバックをもって、家を出た。
昨日と同じ、いつもより早めの電車は日曜日ということもあって空いていた。
俺は一段高くなっているつり革を握って、駅までぼーっと過ごしていた。
楽しみという気持ちと不安の気持ちが入り混じっていて、あまり落ち着かない時間だったが、あっという間に学校の最寄り駅までついた。
学校までは駅から歩いて十分ほどかかるのだが、いつもより二分ほど早く着いた。時間は八時ちょうどだった。
俺は昨日と同じように、教室の飾りつけの修復をしながら文化祭が始まるのを待った。
九時になって文化祭が始まった。今日は最初からシフトが入っていたので、生物室に向かうことなく教室にいた。
今日の俺の仕事は受付係で、廊下を歩くお客さんを呼び込んだり、何人入ったか数えたりする。
部活の時間が近づいて、俺は早めに仕事を切り上げさせてもらった。今日も何の支障もなく仕事を終えることができた。
このまま順調にいけばいいな、なんて思いながら俺は生物室に向かった。
生物室に着くと、今日は昨日とは逆で愛子が先に到着していた。
「お疲れ」
「お疲れー」
そんな挨拶をかわしつつ、俺はしまっておいた白衣を取り出して着た。愛子はすでに白衣姿だった。
「さっきまで暇だったから、昨日の健吾みたいに生物室でダラダラしてみたんだけど、けっこう楽しくないね」
愛子が床を掃除しながら言った。愛子はインドア派だと思っていたので、その発言は意外に感じた。
「そうかなあ。動画見たりマンガ読んだりして、俺は結構楽しかったけど」
「まあ、それはそうかもしれないけど、特別楽しいことはないじゃない。時々聞こえてくる楽しそうな声を聞くと、なんだか不安になるし」
「……それはあるかもなあ」
愛子の話には共感できたし、きっと普通の話のはずだ。それでも昨日の愛子の言葉を思い出すと、昨日の俺を責めているように感じてしまう。
昨日の俺の文化祭の過ごし方は間違っていて、愛子の言った通り誰かと文化祭を回る方が正しいのだと押し付けられた気がする。
昨日の俺が間違っていたことは認めるが、何だか釈然としなかった。
そんなモヤモヤした気持ちを抱えたまま、科学部の実験は始まった。
今日は昨日よりも多くの人が見に来てくれていて、一日目で慣れたつもりが少し緊張した。
今回は昨日とは順番を入れ替えて、愛子の方から実験することにした。
愛子は昨日の一回目とは違い、完璧に実験を成功させて盛り上げていた。今回は俺の助けもいらないようだった。
それどころか、問題があるのは俺だった。
実験の説明で噛みまくったり、うまくシャボン玉を膨らませられなかったり、工程を一個すっ飛ばしてしまったりした。
そのたびに愛子にフォローしてもらいつつ、何とか一回目の実験を終えることができた。
片づけを終えると、愛子は用があると言ってすぐ生物室を出て行った。
俺は生物室に残って、次やることになっている実験の復習をした。今度は失敗しないように、もう間違えないように繰り返し練習した。
練習の甲斐あって、俺は文化祭最後の実験は完璧にすることができた。
愛子も何もミスらなかったし、最後に最高の実験ができてうれしかったし、すっきりした。
例によって片づけを済ませてから、愛子と二人で生物室を出た。
「ねえ、まずはどこ行こっか」
「そうだなあ、俺はお腹減ったから何か食べに行きたいけど」
「じゃあキッチンカー行こうよ。ちょうど食べたいのがあったの」
愛子はいつものテンションで俺を引っ張っていってくれた。俺はそんな愛子についていく。
そうして、校舎の外に来ているキッチンカーゾーンまでやってきた。カレーやチキン、クレープなど様々なものが売られている。
そんな様子は夏祭りの光景を思い出させた。
俺たちは愛子が食べたいと言ったカレーの店に並んだ。
このキッチンカーは外部のお店なので、しっかり良い匂いのカレーの匂いがしていた。
列はかなり長かったが、いい匂いと愛子との会話のおかげであっという間に順番が来た。
俺は六百円を支払って、チキンカレーを受け取った。
カレーをもって、俺たちは飲食スペースまで行って座った。
美味しいけどちょっと辛い、なんて感想を交わしつつカレーを食べ進めていった。カレーの量はちょうどよくて、程よくお腹いっぱいになった。
食後の休憩と称して雑談タイムに入る。俺たちは次何を見に行くか話し合った。
「私は美術部とか写真部の展示系はまだ見てないから、行きたいんだよねえ」
「いいね、俺も展示系は回りたかったんだ。あとは、二年生の縁日のやつに行きたいかも」
「あっ、それ面白かったよ。昨日クラスの友達と行ったんだけど、商品にお菓子とかあってよかったんだよー」
俺は愛子の『クラスの友達』というワードにびくっとした。
そっか、愛子にはクラスの友達がいるのか。確かに愛子はぼっちじゃないし当たり前なのかもしれない。
その時間がきっと楽しかったのだろう。だから俺も文化祭を楽しんだ方がいいなんて言ってくれたのだ。
それがいいことだと頭ではわかりつつも、またモヤモヤしてしまった。こういう自分が本当に嫌なのに、だからこそ余計嫌な気分になる。
俺はそれが表情に出ないよう気を付けながら、笑顔で取り繕った。その表情のまま、俺はまた愛子について展示系の会場に向かっていった。
俺たちはまず、写真部の展示から見ていった。学校の内外問わず様々な場所で取られた写真が天井からつるされている。
一枚一枚写真を見ながら進んでいくと、体育祭の時の写真のゾーンがあった。
生徒たちが楽しそうにはしゃいでいる姿はまさしく青春そのもので、俺の心のうちに不安を生んでいく。
もしこの中に暗い表情の自分や、クラスの人と楽しそうにしている愛子の写真が見つかったら耐えられないので、俺は急いでそのゾーンを通り過ぎた。
俺は一足先に教室を出て、出口の近くで待つことにした。
結局、俺の忌避した写真は目に映らなかったが、そんなの関係なくもう限界は近かった。
なんだか心がつらい。
涙が出そうになって、脳の奥の方がツンとする。心にでかい釘が刺さっているような状態に思われて重い。
あー、早く終わらせたい。
そんな思いでいると、愛子が出口から出てきた。愛子は満足そうな表情で、手を後ろで組んで歩いてきた。
「いやー、写真部の写真よかったね。思ってたよりきれいな写真でびっくりしたよ!」
「まあ、確かに思ってたよりうまかったかも。ちゃんとすごいんだなあって思った」
「私も」
そんな会話をしていても、俺の気持ちは落ち着かない。
もう、早く言ってしまっていいだろうか。いや、たぶん良くない。
さすがに今が後夜祭に誘うベストタイミングなんて思えない。何しろ、今はまだ文化史を回り始めたばかりなのだ。
そんな中途半端な状態では違和感マシマシだ。
でも、そんな中途半端な時期にこんな精神状態では、この先もたない気もする。それならもういっそ、誘ってみてもいいのではないだろうか。
うん、きっとそうだ。たぶん、愛子なら受け入れてくれるはずだ。
「次は美術部の展示だね。美術部もけっこううまいらしいから楽しみだね」
「うん。でも、その前にちょっといい?」
「なに?」
「後夜祭、一緒に花火を見ない?」
「……」
俺の誘いに、愛子は視線をそらして斜め下を見た。一体そこに何があるのだろうと、俺も見たがそこには何もない。
愛子は唇をかみしめながら、何の返事もしなかった。俺が黙って愛子の返事を待っていると、ふいに愛子はふっと力を抜いて、口を開けた。
「ごめん、私は後夜祭にはいかない」
愛子の言葉は、俺の全くの予想外のものだった。
俺は全く、誘いを断られるという想像をしていなかった。最終的に俺がお願いしたら、その道中どんなにダサくても、俺を受け入れてくれると思っていた。
なのになんだ。
俺のことが好きじゃなかったのか。
「まだ足りなかったか? 花火はまだ嫌だったか?」
「……いや、そういうことじゃないよ。嫌なのはもっと他にある」
「じゃあ何? 何が嫌だったの」
「健吾が頼りないのが嫌だった」
またしても予想外の言葉が愛子の口から聞こえた。
しかしその言葉に俺は何も言い返すことができず、ただ愛子の方を見ることしかできない。
「健吾はずっと頼りないけど、最近はひどかった。頼りないならまだしも、最近は私をあてにしたでしょ」
「……」
「文化祭を回ることだってそう。文化祭のクラス準備だって私に言われてちゃんとやったんでしょ。今だってそう。昔の私だったら断らないって思ってる。今の私は昔の私と違うのに、思いは変わらないって思ってる。ずっと好きでい続けてると思ってる」
「」
「私はもうわからないんだよ。私が好きなのは、思い出なのか、健吾なのか。最近ずっとそれで悩んでる。教えてあげるよ、私の趣味。思いで集め。私はずっとそうしてる。暇があれば卒業アルバムを開くし、写真を見返してるし、思い出の文房具とかストラップとか眺めてる。私の部屋に見覚えあるものが多かったでしょ? それはそういうことよ。うん、そうだよね。健吾はそういう顔をするよね。やっぱりそっか。頼りない健吾に私の思いをぶつけるのはまだやめた方が良かった。今までずっと抑えてきたものを、見えないようにしてきたものが急に現れてびっくりしたね。ごめん。やっぱり花火には行けなさそう」
愛子はそう言うと、息を切らすことなく、いつもの様子で俺を横切っていった。
ああ、今の愛子は昔の愛子にそっくりだった。
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