第24話 立ち直るための時間
文化祭一日目、俺はいつもより早い電車で学校に向かった。
昨日の準備の最後、今日は八時に集合となっていたので、それに間に合うように向かった。
俺はしっかりとクラスTシャツを着ていった。
それは黒のTシャツで背中側にクラスのロゴみたいなのがのっていた。クラスメイトのあだ名がのっているやつじゃなくて本当によかったと思う。
八時ちょい過ぎにクラスに入ると、半分くらいの生徒が登校していた。
まあ、八時というのもクラスの人が勝手に言っただけなので、それを全員守るということはなかったようだ。俺もちょっと遅刻してるし。
俺は荷物を置いて、装飾の壊れてしまっているところを修繕することにした。
文化祭が始まる九時前には装飾の修繕を終えることができた。
俺のシフトは今日は午後からだったので、用のない俺は教室を出て生物室に向かった。
科学部の実験は一日目は十時からと十二時からの二回、二日目は十一時からと一時からの二回なので、まだ余裕はあった。
しかしクラスの人たちとも文化祭を一緒に回ろうと誘われる程仲良くもないし、特に見たいところもない。
そこで、することのない俺の唯一の居場所である生物室に向かったのだ。
愛子に文化祭を一緒に回ろうと誘うことを目標にしていたのに、後夜祭のことばかりを考えすぎて、そっちを忘れてしまっていた。
それに俺と愛子のクラスと部活のシフト的に、今日一緒に回ることはできそうにない。
俺はとりあえず文化祭を回るのは諦めて、後夜祭を楽しみにすることにした。
まあ別に、一緒に科学部の発表ができるわけだし、それがあれば一緒に文化祭を回ったのと同じようなものだろう。
そういうことにして、俺は今日の暇な時間は生物室でスマホを見てつぶすことにした。
Wi-Fiがつながり、冷房もきいている生物室でダラダラ過ごす。正直、それも結構楽しみだった。
最初の発表の集合時間である九時四十五分まで、俺はずっとスマホをいじって過ごしていた。
時間間際になると、愛子が来る前にスマホを閉じてなんとなく教室の中を歩き回った。
適当にごみを拾いつつ愛子を待っていると、教室の扉が開いた。
「ごめーん、ちょっと遅れちゃった」
そう言いながら愛子が入ってきた。時計を確認すると、確かに二、三分集合時間を過ぎていた。
「いいよー、シフトだったんだから」
「ありがと。……でも、健吾が生物室で待ってるなんて不思議な感じ」
「ああ、確かにいつもは愛子が先に来てるもんなあ」
「そうそう。何だか負けた気がして悔しい」
「なんだそれ」
そんなことも言いあいながら、俺たちは実験の最終確認を済ませた。さっと実験の進行を確認すると、開始の五分前になっていた。
俺たちは慌てて外で待っていた人たちを中に入れた。
生物室の席は四十ちょっとあるのだが、そのほとんどが埋まっていた。顧問の先生が言っていた通り、小さい子供が割と多かった。
もちろんこの学校の生徒や先生なんかも見に来てくれていた。顧問の先生も後ろの方で見守ってくれている。
俺と愛子は白衣と保護メガネをかけて、完全に準備を整えた。
そして十時を過ぎたのを確認して、実験を開始した。
俺たちはまずシャボン玉の実験から開始した。
洗剤と水と洗濯のりを混ぜてシャボン玉液を作り、水を張っていたビーカーにシャボン玉を作る。
洗剤や洗濯のりの比率を変えて、三種類のシャボン玉を作って見せる。
それらの比率によってシャボン玉の強度が変わることを示すのだ。そして一番強い比率のシャボン玉液で吹いてみる。
それでできたシャボン玉は軍手を付けた手で触れても割れずに跳ねる。それを見せればシャボン玉の実験は成功だ。
この実験は俺が担当なので、昨日やったように実験の説明や披露をした。
それは何とか成功することができ、無事実験を終えることができた。
次は液体窒素を使った実験だ。
超低温の液体窒素を様々なものにかけて反応を見る。
風船、スポンジ、ピンポン玉、バナナ、葉っぱなどを凍らせてどんな風になるのかを見せるのだ。
こっちは愛子が担当することになっていた。
愛子は液体窒素の説明から始め、着々と実験を進めていった。
途中、ピンポン玉を凍らせて金づちで割るという実験でうまく割れないということがあったが、俺が手伝ってなんとか割ることができた。
最終的に実験は成功し、最後見てくれた人に液体窒素を触ったりシャボン玉を吹いてもらったりして一回目の発表は終わった。
お客さんがみんな教室を出てから顧問の先生が今の実験を褒めてくれた。
思っていたよりも、しっかりしていて嬉しかったし安心したとのことだった。
普段はあまり干渉しない先生のそんな言葉に二人で喜んだ。
二人で今の実験の片づけと、次の準備をしていると愛子が俺に聞いてきた。
「さっきまで何かしてたの?」
「実験始まるまでは、することなかったから生物室でダラダラしてた」
「ああ、やっぱり文化祭を一緒に回るような人はいないんだね」
「うるさいよ。それもまあ別にいいかと思って」
いまさら愛子を誘うつもりだったなんて言えず、俺はそんな微妙なことを言った。
「はあ、そういうところでスカすのはどうなの。絶対回った方がいいよ。……今日は私忙しいから、明日のシフトいつ?」
「……九時から十一時前」
「えっと、じゃあ一時からの実験が終わった後は空いてる?」
「うん」
「よし、じゃあ私と一緒に文化祭回ろう。せっかくなら文化祭はちゃんと経験しておいた方がいいよ」
「うん。ありがとう」
「はいはい。じゃあ私は用があるからもう行くね。ばいばい」
愛子はそう言って手を振ると教室を出て行った。
一人になった教室で俺は椅子に座って溜息を吐いた。生物室の椅子には背もたれが無くて、後ろに重心を傾けたことで、バランスを崩して転んでしまった。
椅子の角にお腹が当たっていたかったがあまり気にならない。昨日掃除してきれいになったはずの生物室の床は思っていたよりも汚れていた。
なんか、俺は本当にダメだなと思った。
俺は何回も同じことを繰り返している。
行動しようと思ってできなくて愛子に助けてもらって、そこから次からは行動しようとして、ちょっとうまくいって失敗する。これの繰り返し。
今こうやって落ち込んでいても、きっと何時間後かには明日の後夜祭には誘うおう、なんて言って立ち直っているに違いない。
その繰り返しに何の意味があるというのか。
今の後悔も立ち直るために行ってる、わざとらしい過程のような気がして気持ち悪い。
でもさっきの愛子に助けてもらったのは明確に失敗だと思ったなら、次からはそうならないようにしなければならない。
絶対立ち直らないといけないのに、それもしない方がいいのではないかとも思ってしまう。
どうするのかが正解かわからない。
俺はずっと気持ち悪くて醜い気がする。
この『立ち直るための時間』も本当に嫌で、自分の汚いものをずっと感じていて、でもそれを無視して進むためにこの時間があるわけで……
そうやって考え続けるうちに少し気持ちが楽になってきた。たぶん時間が解決してくれたのだろう。
そうして俺は『立ち直るための時間』を終えた。
俺は明日、愛子に後夜祭に誘うことを決めた。
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