第23話 企画書のソーダ
そのプリントの一番上には『文化祭企画団体最終企画書』と題されていた。
その下には団体名や、団体責任者名、企画内容などと続いている。
科学部の部長は愛子になっているので、団体責任者名の欄には蘆原愛子と書いておいた。
企画内容の欄にはシャボン玉、液体窒素の実験、レポートの展示などと書き込んだ。
そうしているうちに、この書類が『最終』の企画書であることが気になった。
「ねえ、この企画書が最終ってことは前にも企画書の提出はあったの?」
「あったよー。一学期のうちに二回あったよ」
「そっかー……」
あー、完全に忘れてた。
そもそも部活の役職は四つあって、部長、副部長、会計、文化祭団体責任者となっている。
そのうち部長と会計を愛子が担っていて、副部長と団体責任者を俺が担当していた。
だから本来、文化祭関連の書類であるこの企画書は俺が書いておかなければならないものだった。
それなのに、俺はその存在を完全に忘れていた。
もっと言えば、それ以前の第一回、第二回企画書も書いていない。
俺は急いでスマホの電源を入れ、teamsを開いた。学校や先生からの連絡はこのアプリでされるのだ。
俺は学校全体のチャネルを開き、過去の投稿をさかのぼっていた。
すると五月上旬の投稿に、第一回企画書のアナウンスが載っていた。
どうやら俺はその投稿を完全にスルーしてしまったらしい。そしてそれに気づいた愛子が企画書を書いておいてくれたのだろう。
うわー、完全にやらかしてしまった。
今の今まで自分が科学部の文化祭団体責任者であることを忘れていた。
よく考えてみれば、愛子が割と早い段階で文化祭のことについて聞いてきたことがあったはずだ。
どんな内容にするか聞いてきてことがあったはずだ。
たしか俺はその時、気が早くないか、とか言った覚えがある。
最悪だ。愛子が代わりに俺の仕事をやってくれてたのに、俺はそれに気づかないどころか冗談のテンションで接してしまった。
どうしよう、いまさら遅いかもしれないけど、何とか償わないと。
「ごめん、今思い出したんだけど、これって元々俺の仕事だよね」
「ああ、まあそうだね。もっといえば企画書の一回目も二回目もほんとは健吾の仕事だったねえ」
「ごめん! 本当にごめん! 俺がしなきゃいけない仕事を愛子に押し付けた挙句、それを馬鹿にしたみたいなときあったよね」
「あー、あったね。あの時はちょっとイラっと来たよ」
「ほんとごめん! 償いになるかわからないけど、文化祭のシフト多めに入るし、愛子の会計の仕事も俺がやるから!」
「いや、文化祭は展示と実験だからシフトに差は出ないし、会計の仕事も私がやり方知ってるんだから、それを教えるのも二度手間だしいいよ」
「いやでも……」
「そもそも、私が勝手に健吾の仕事をしないで、健吾に忘れてることを伝えればよかっただけだし」
「それでも、愛子が代わりにやってくれたことには変わらないんだし……」
「それもそうだけど、私が言えなかったのも悪いよ。だから、その企画書を健吾が書いて、文化祭準備に気合を入れるってことでチャラにしようよ」
「いや、でも……」
「あー、そう言うのいいから。健吾の立場からしたら私の提案をすんなり飲みずらいのはわかるよ。そうなるのを狙ってたみたいになるし。でも私からしたらどうでもいいの。それにそんな態度は見たくないの」
愛子に俺の考えを完全に見透かされて確かになと思ってしまった。
また俺は自分のことだけを考えて行動してしまった。自分が楽になるだけの選択をしてしまった。
それは俺の醜い考えが見え見えの、周りからしたら最悪の選択だったのに。
「……ごめん、ありがとう」
「いいよー。だからちゃんと文化祭準備やりなよね。部活の方もクラスの方も」
「わかったよ。本当ありがとう」
いやすい空気にしてくれた愛子に心の底から感謝しつつ、俺は感謝の言葉を言った。
部活もクラスも文化祭の準備を頑張るぞ、と心に誓いながら俺は残りの企画書を書き上げていった。
文化祭準備により一層やる気になった俺の一週間はあっという間に過ぎていった。
クラスでは頑張ってクラスの人たちに話しかけて、何をしたらいいか聞いてその作業をした。
最初は急にどうした? と困惑していたクラスメイトとも段々と打ち解けていって少しクラスにいやすくなった。
科学部の方も実験の説明や実演の練習などをして準備を進めていった。
黒板にでかでかと科学部と書いたりレポートを貼ったりして教室内も作り上げた。
そうしてクラスも部活も十分に準備を終えられたのが今日、文化祭前日だった。
「何とか終わったなあ。教室もいい感じになったし、実験も大丈夫そうだし準備万端だ」
「そうだねえ。準備は結構頑張ったし、かなりいい出来になるんじゃないかな。自信ありだよ」
「俺も自信ありだ」
黒板の前に椅子を置いて、俺たちは雑談を繰り広げていた。
準備が完全に終わったのがうれしくて、何だか感傷的になっている気もする。
そんなテンションで喋っているうちに、俺はあるものを買っていたのを思い出した。
俺は席を立って、教室の隅に置かれている冷蔵庫に向かった。そして冷凍庫の扉を開けて二個のアイスを取り出した。
「お疲れ様。これ、あらかじめ買っておいたんだ」
俺はそう言って、愛子にソーダ味のアイスを渡した。
「ありがと。お腹減ってたから嬉しい」
そう言って俺から受け取ったアイスを開けて口に入れた。俺も同じものを開けて口に入れる。
「うん。冷たくておいしい」
「美味しいなあ。九月と言っても、今はまだ全然暑いからなあ」
そんなことを言いながら、俺たちはアイスを食べ進めていった。時刻は午後五時半。文化祭準備中は六時まで活動が許されている。
俺は時間にまだ余裕があるのを確認して、文化祭の話を振った。
「そういえば、文化祭の後夜祭で花火が上がるって聞いた?」
「ああ、そうらしいね。けっこう本格的な花火が上がるのが伝統らしいね。一体いくらかかってるんだろ」
「ホントだよなあ。金があるなら校舎を整備してほしいくらいだよ」
「まあねえ~」
愛子は特に態度を変えないまま、花火の話をしてくれている。とりあえずこの話はNGではないようで安心した。
「何でも、地域の花火大会とも連携してるらしいぞ。花火の弾を一緒に買ってもらう代わりに、打ち上げ場所を提供してるらしい」
「陸上グラウンドであげるんだっけ?」
「そう。このあたりだと広めの土地がこの学校くらいなんだって。ちなみに、地域の花火大会は文化祭の二週間後の九月末に行われるらしい」
「へー。随分と遅いんだね」
「確かになあ。いっそのこと、後夜祭と地域の花火大会を一緒にしちゃえばいいのに」
「まあねえ」
俺がクラスメイトから聞いた話をしていると、時刻は五時五十五分になっていた。俺たちは慌ててごみを片付けて、リュックを背負った。
いつもどおり愛子が先生に報告に行っている間に、俺が戸締りをする。
そして昇降口に着くと、そこは多くの生徒でごった返していた。今日は文化祭前日とあって、クラスの準備で残っていた生徒が一斉に変えるタイミングと被ったようだ。
そのせいで愛子と合流するのに少し苦労しながらも、学校を出た。
いつもとは違い、周りにたくさんの生徒がいる時間帯の下校は少し気になった。
愛子と二人で帰っているのをクラスの人たちに見られていないか、少し緊張した。
別に嫌じゃないけど恥ずかしかった。
愛子もやはり少しうろうろしながら歩いていた。
そんな微妙な空気の流れる下校が珍しくて緊張する。でもそれも文化祭ならではの感じがして、少しうれしかった。
そんな特別な放課後をニヤニヤしないようにするのに必死だった。
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