文化祭

第22話 夏が終わる

「送ってくれてありがと。またね」

「うん、また部活で」

「そうだね。おやすみ」

「おやすみ」


 そんなやりとりをして、俺は愛子が家の中に入るのを見届けた。

 結局俺たちは三十分ほどかけて愛子の家まで帰ってきた。


 夜と言っても夏の夜は暑いので、俺も愛子も汗で顔がてかっていた。それが何だか夏っぽくて印象的だった。


 俺はハンカチで汗をぬぐいつつ、自分の家に向かって歩き出した。


 何というか、夏の一大イベントが終わってしまったように思って、少し寂しかった。

 楽しみにしていたイベントだっただけに、この後の夏休みが消化試合のように感じられてしまう。


 俺は何だか夏の終わりのようなものを感じていたのだ。


 きっとあと何週間か残っている夏休みはあっという間に過ぎてしまう。

 そしてすぐに二学期が始まってしまう。

 嬉しいような悲しいような新学期が始まるのだ。


 そこから文化祭まではさらに早い。文化祭は九月の第二土曜日と日曜日に行われる。

 学校の一大イベント、青春の一大イベントが行われるのだ。


 それはやっぱりとても楽しみで、しかし多少の不安も感じさせる。

 文化祭の後夜祭では、花火が打ちあがるのだ。




 夏祭り後の俺が思ったように、夏休みはあっという間に終わり、新学期が始まった。

 夏休みの宿題を余裕で終わらせていた俺は、慌てることなく初日を迎えられた。


 クラスは来週の週末に行われる文化祭の話題で盛り上がっていた。

 夏休み中にどのくらい進んだとか、このままだと文化祭に間に合わないだとか話しているのが聞こえる。


 しかしそんな話題は夏休み中に一回もクラスに顔を出していない俺からすればどうでもよく思えた。

 もちろん二学期になったからと言って、放課後の文化祭準備に参加する気もなかった。


 それには一応理由があって、それは科学部の方の準備が忙しいからである。


 先生曰く、科学部の発表は小さな子供に人気らしく、ちゃんと準備してやった方がいいとのことだった。

 いつもはスカスカの生物室がいっぱいになる程だそうだ。


 そういうわけで、俺と愛子はシャボン玉と液体窒素の両実験を行うことにした。

 シャボン玉の実験は夏休みの続きをやって、液体窒素の実験は液体窒素を取り寄せて、様々なものに液体窒素をかけての反応を見せる。


 液体窒素は文化祭前日に届くので、今できることはないがシャボン玉の実験が大変だ。


 俺たちは割れないシャボン玉を作ろうとしているのだが、色々と配合を変えたりレポートにまとめたりで大変だった。


 そんなこんなで、文化祭までは活動日を週に三日に増やして稼働していた。

 いつもより忙しい日々ではあったが、そんな非日常がとても楽しかった。


 文化祭は準備の段階が一番楽しいなんて聞くが、それは本当かもしれないと思う程に楽しい。

 なんだかアニメや小説の世界を体験できているみたいでテンションが上がっていた。


 だからと言って文化祭本番が楽しみでないわけではなく、それはもちろん楽しみだった。

 夏休みから進めてきた実験を発表できるのも楽しみだし、文化祭を回ったり、後夜祭を楽しんだりするのも楽しみだった。


 よって、文化祭中に俺が伝えることは、文化祭を一緒に回ろうということと、後夜祭を一緒に楽しもうということだった。


 友達の少ない俺には文化祭を一緒に回れるような友達があまりいない。

 というか、愛子しか思い当たらない。


 いや、別に友達だから愛子を誘うわけではなく、ちゃんと思いはある。

 正直、一緒に花火を見てもらえるのかという不安はある。


 花火大会ではなく夏祭りとか、後夜祭とか、そんなのは詭弁だと言われるかもしれない。


 でも、俺は愛子と後夜祭を楽しみたい。

 その思いは確かに存在するんだから、誤魔化しとかただの先延ばしとか言われても俺は少しずつ進み続ける。


 そうしないと、簡単に縁が切れてしまうから。



「お疲れ。ちょっと遅れちゃってごめん」


 机の上で大きな画用紙を広げている愛子にそう言った。今日はクラスの方の準備が全員参加で行うということで、どうしても出なくてはならなかったのだ。


「全然いいよー。クラスの方行ってたんでしょ」

「そう。今日は三十分は全員いてくれなきゃダメだって決まったらしくておしつけられた」

「大変そうだね。うちのクラスは順調に進んでるらしいから、部活優先でいいって言ってたよ」

「羨ましいなあ」


 俺はリュックを適当な位置に置いて、愛子の隣の椅子に座った。


「この画用紙に、実験の結果をまとめるんだよな」

「そうそう。今まで取ってきたデータをこれにまとめて掲示する感じ」


 愛子はそう言いながらレポートを書き進める。

 俺はカラーペンを教卓から持ってきて、愛子が既に書いたところに色を付けていった。


 だいたい画用紙の三分の一が記入されていたので、大事なところに赤の線を引いたり余白にイラストを描いたりしていると愛子に追いついてしまった。


 うまく愛子と被らないように移動しながらやっていたのだが、追いついてしまうと何もすることが無くなってしまう。


「ねえ、何かすることない?」

「うんーと、じゃあ書かなきゃいけない紙があるから書いてー」


 愛子は一旦ペンを置いて、リュックをごそごそ漁り始めた。そしてクリアファイルに入った一枚のプリントを渡してきた。

そのプリントには『文化祭企画団体最終企画書』と題されていた。

 

 

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