第20話 思い出力
「じゃあ、行こっか」
俺はそう言って歩き出した。このタイミングで愛子の方から話しかけてもらうのを待つのはダサすぎる。
たぶん俺はいつも通りのテンションで言えたはずだ。
さっきはまた考えすぎてしまったが、早く切り替えなければならない。
俺が嫌な態度をとってしまったら最悪だし、それはなくてもうまく伝わらないことはある。今うまく伝わらなかったら、俺は嫌な態度をとってしまうだろう。
そもそも、俺は今日を楽しみにしていたのだ。
考えすぎ一つで今日を台無しにしたくなかった。
夏祭り会場はとても混んでいた。
時間的にもこれから盛り上がってくるところだし、たくさんの人が笑顔で歩いていた。
「けっこう混んでるね」
「そうだなあ。でもこれからもっと増えるだろうね。前に行ったときはどうだったけ?」
「今よりも混んでたイメージはあるかも。でも走り回れるぐらいの余裕はあったよ。二人でお父さんとお母さんを置いて走ってたの覚えてる?」
「覚えてないなあ。愛子の思い出話たいてい覚えてないよ」
「それは覚えててよ、大切な思い出でしょ。私が提案して二人で走ったことで、夏祭りを二人で回れたんだから」
「へ~」
愛子に話されて、何となくそうだった気はしてくるが、はっきりとは思い出せなかった。
昔の記憶なんてそのくらい忘れやすいのに、あんなに覚えていられる愛子は素直にすごいと思う。
俺の覚えているような話は愛子なら覚えていそうな気がする。
試しに話を振ってみよう。俺が覚えてて愛子が覚えていなければ俺の勝ちだ。
「なあ愛子、そこの屋台で焼きそば買ったの覚えてる?」
「覚えてるよ。二人で一個を買ったんだけど、健吾がどうしても食べたいって言って、もう一つ買いに行ったんだよね」
「……そうだよ、正解」
「正解って何?」
愛子はそう言って笑っているが、反応している余裕はない。俺は他に何か思い出を思い出さないといけない。
今のエピソードも俺は焼きそばを二回回に行ったことしか覚えてなかった。俺が提案して二回目買いに行ったのは愛子に言われて思い出した。
今のままでは完全に負けている。そんな状態で愛子にルールを説明したら、俺があまり昔を覚えてないと思われてしまう。
だから俺が負けたらルールは説明しない。姑息だと言われたとしても、俺はマイナスのイメージを持たれたくない。
「じゃあ、会場を出て二人でコンビニにアイス買いに行ったのは覚えてる?」
「覚えてるよ。それは確か私がアイス食べたかったけど、屋台になかったからコンビニに買いに行ったんだよね」
「そう。それで愛子がソフトクリームをこぼした」
「そうそう。それにびっくりして健吾も食べてたソーダ味のアイスこぼしちゃってたよね」
「……そうそうだったな。それでTシャツにアイスがついちゃって最悪だったんだよ」
「あれ、そうだったけ? 二人とも全部地面に落ちちゃって、アリがそれを持っていくのを眺めなかったけ」
「……わからん。今のは適当に言った」
「もう~、からかわないでよ」
愛子は楽しそうにそう言うが、俺は正直負けを確信して落ち込んだ。
愛子は適当にでっち上げているわけではなく、本当に記憶に残っていて話しているのだ。しかも俺の情報を確実に上回る情報を提示してくる。
この思い出ゲームにおいて愛子は最強に思えた。
「って、さっきから急にどうしたの? いきなり昔のこと話し出して」
「思い出を共有しようとしたんだよ。でも愛子が共有する必要なくもう持ってたから引いたんだよ」
「引かないでよ。仕方ないじゃん、私は思い出が大好きなんだから」
「なんだそれ。妻の死を乗り越えられない悪役かよ」
「全然違う。私は主人公サイドだし」
「妻の死を乗り越えられないってところを否定しなよ。妻いないだろ」
「まあまあ。どうせ私が健吾の覚えてる思い出を忘れてないか試したんでしょ。思いでの共有とかもっともらしいこと言っといて」
「……どうかなあ。わかんないなあ」
何だかもうバレてもバレなくても、どっちでもよくなって、見え見えな反応をした。
愛子は満足そうな顔で、俺の前を歩きだした。
両手を後ろで組んでスキップでもするように、楽しそうに跳ねて見えた。
その姿が五、六年前の愛子の姿に重なった。
昔のように楽しさのあふれる笑顔をしてる。それはテスト後に遊んだ時の笑顔に似ていた。
愛子が今日も感情をあらわにしてくれて安心する。今日とかあの日みたいに、たまには情緒豊かな愛子を見れると本当にうれしい。
今の俺にならその顔を見せてくれるんだ、と思って落ち着くんだ。
「ねえねえ、まずはからあげ買いに行こうよ」
愛子は目の前のからあげの屋台を指して言う。いつのまにか空は暗くなり始めていて、屋台のランプが暖かく愛子を照らしている。
その笑顔を見ると、俺は自然に笑顔になってしまう。
「いいよ。二人で一個買う?」
「うーん、それでもいいけど、二人で二個買って半分ずつ食べようよ」
「意味わかんないって。それなら一人一つ買おうよ」
「そうだね。そうしよう」
そうして俺と愛子は小学生の時とは違う選択をした。
それはたぶん間違っているはずのない答えで、いい答えだと思った。
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