夏祭り

第19話 考えすぎ

 一学期はあっという間に過ぎて、夏休みに入った。


 一学期の期末の結果は想像通り良かった。

 俺は合計点で学年五位だったし、愛子も五十位以内には入ったらしい。一学年三百人くらいいるので、かなりいい結果となった。


 通知表の結果も心躍るもので、評価は五と四がほとんどだった。

 そんないい気持で一学期を終え、夏休みとなったわけだ。


 科学部は夏休み中も週に一回は活動することになっていて、今はシャボン玉の実験に取り組んでいる最中だ。

 この実験がうまくいけば、文化祭で発表するいいネタになるので着々と実験を進めていた。


 そうやって部活のある日は楽しいのだが、それ以外の日が暇すぎる。


 俺はバイトをする気もないし、一緒に遊びに良く友達もいないので家でダラダラすることが多かった。

 そんな中、夏休みを利用して深夜ラジオにメールを送るのが唯一の楽しみだった。


 そうしてぼーっと時間を過ごしていると、いつの間にか八月に突入していて、夏祭りの季節になっていた。


 近所の夏祭りが八月の上旬に行われるので、俺と愛子はそれに行くつもりだった。

 

 その夏祭りは昔行ったことがあって、その時は確か小学校低学年だったが、一緒に浴衣を着て回ったのを覚えている。


 親からお金を受け取って、二人で屋台を見て回ったのが楽しかった。

 それ以来行っていなかった夏祭りに、来週行くことになっている。


 その事実が現実のものとは思えず、いまいち実感がわいていなかった。


 愛子は浴衣を着て来るのだろうか。

 別に着てきてほしいなんて言わないけれど、まあ今着たらどうなるのだろうという気持ちはある。


 あの時は確かピンク色の浴衣を着ていたけど、今だったらどんな柄のを着るのだろうか。

 そんな妄想をしていると、夏祭りが早く来てほしい気持ちになるし、どうか現実であってほしいという風にも思う。


 

 夏祭り当日になった。

 集合時間は午後五時なので、今からあと七時間はある。


 そんな現在は午前十時。俺はなんだか落ち着かなくて近所の図書館に来ていた。


 近所の図書館と言っても、かつて愛子と一緒に勉強した図書館ではなく、そこより少し遠い図書館にいた。

 あの図書館に行くと、愛子と鉢会わせる可能性があったのでこっちに来たのだ。夏祭りの約束をしてるのに、その前に合ったら何だか冷めそうだし。


 図書館に来たのは良いものの、今の俺には何もすることが無く、ただぼーっとしていた。


 夏休みの宿題はもう終わったし、一学期の復習は今はする気にならない。

 そんなときは何もすることができず、ただぼーっとするに限る。


 そうしてぼーっとしつつ、俺は今日の夏祭りのシミュレーションをしていた。


 どんな話をするか、何を食べるか、どういうルートをたどるか、どれくらいの時間いるのか、夏祭りを見終わった後は、どんなハプニングが想定されるか、同級生に合った時は………


 そんなことをずっと考えていた。

 そのうち、最近愛子に『伝える』ことが疎かになっていると気づいた。


 それが当たり前になっているのは良いことだが、停滞してしまっては意味がない。

 少しずつでも前に進まないといけないと思うのだ。


 そこで、俺は思い切って今日は愛子を『褒める』ことにした。

 浴衣が似合ってるとか、かわいいとか、すごいとかどんどん褒めていこうと思った。


 俺は人を褒めるのが本当に苦手なのだ。良いところが見つかっても、褒めるのが恥ずかしくてなかなか言えない。

 相手からしたら逆に鬱陶しいと思われそうだし、細かいところを見すぎて気持ち悪いとも思われたくない。


 そういう思いがあって、できていなかったのだが、それじゃダメだと思った。

 思いを伝えたいと思うなら、褒めることくらいできないとかなわない。


 俺は意識しないと人を褒められないダメなやつだけど、褒めないままでいるよりはいいはずだ。


 それに普通に考えたら褒められてうれしくない人はいないはず。

 俺はそうやって自分を励ましつつ、今日は愛子のことを褒めると決めた。



 図書館や家でダラダラして、気づくと約束の時間に近づいていた。

 今日はまず駅に集合して、そこから夏祭りの会場に向かう。


 俺は安定の集合十分前に駅に到着した。

 俺もこの集合には慣れたもので、どうだえらいだろうなんて思わなくなった。


 正直以前遊んだ時よりもドキドキしながら愛子を待った。


 以前は実験的な要素もあったが、今回は完全にシンプルに遊ぶ約束だ。

 しかも夏祭りなんていう、つよつよのシチュエーションだ。ソワソワしないわけがない。


 八月の五時はまだ空は青く、余裕で暑い。

 俺はハンカチで汗をぬぐいながら、愛子の到着を待った。


 そしてやはり集合時間の五分前に愛子は駅に着いた。

 今日の愛子は白のTシャツに水色のシャツを羽織っていて、黒のズボンをはいている。


 全然浴衣じゃなかった。


 そりゃあもちろん当時とは年齢も違うし、関係性も違う。

 俺も浴衣を着ていないし、そういう約束をしていたわけでもない。


 だからこうやって一人で騒いでいるのは大変自分勝手だし気持ち悪いことだとわかる。身勝手だって、それは違うだろって言われて当然だ。


 でも、当時は浴衣を着てきて、今日は着てきていないという事実がどうしても俺に刺さってしまう。


 だって、あの時の愛子は俺のことが好きだった。


 あの時浴衣で来てくれた理由がそこにあるのだとしたら、今はどうなんだということになる。


 事実はどうかわからない。

 俺の勝手な憶測で、悲観的な推理で勝手に傷ついている可能性は高い。


 でも、俺はそうやって傷ついてしまう人間なんだよ。

 愛子は俺が浴衣を着ていないことに、何か思っただろうか。

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