第18話 迷惑じゃない
愛子の卒業アルバムにもいくつか付箋がついている。これもあの科学の本のように読み返しているのだろうか。
「あっ、これ中一の時の林間学校じゃない?」
愛子はクラスごとの集合写真が載っているページを指して言った。
このページには黄色の付箋が貼られていた。
そのページには各クラスの集合写真が載っていた。俺は真ん中の列の一番端で中腰の体勢で真顔で写っている。
愛子のクラスも見てみると、愛子は一番前の列で体育座りをしながら笑顔で写っていた。
「健吾は全然楽しそうじゃないね。この時はホントに暗かったからね」
「そうだったなあ。この時はとにかく人に迷惑を掛けたくなかったんだよ。だからなるべく人に関わらないようにしてた」
「小学生の時は色んな人に迷惑かけてたのにね」
「うるさいよ。まあでも、本当にそうだったよ。小学生の時は自分が人に迷惑をかけてるとか、考えてもなかった」
愛子と喋っているうちに、当時のことを思い出してきた。
あの時は本当に何も考えてなかった。好きなようにやってたし、それをクラスメイトにもある程度受け止めてももらえてた。
だから自分が迷惑をかけている、なんて自覚はなかった。
みんなからハブられるまでは。
別にそれ自体はみんなが悪かったわけじゃなくて、俺に原因があったから仕方ないし、そういうのはある程度みんな経験することだ。
本当だったらそのうちまた仲直りして、そんな経験がなかったことになるだけ。
そうならなかったのは俺に耐性がなかったから。
わがままを受け止めてもらえないことを知らなかったからだ。
俺は色んな人からとやかく言われて本当に嫌になった。俺のことなんか気にしないでくれって思った。迷惑だって思った。
そして一人になった。
そこからはある程度楽だった。
それ以上落ちていくことが無かったからだ。ずっと低いところにいる代わりに、それ以上堕ちることも上がることもない。
そんな状態が続いた。
特に小五の後半から小学校卒業までがそうだった。
俺は一人でいられるように中学受験をした。でもそんな状態で受験がうまくいくわけもなく、あっさり落ちた。
そこからは少し吹っ切れてさらに楽になった。
そしてもう人に迷惑をかけるのはやめようと思った。もっというなら人と関わりたくないと思った。
それがこの卒業アルバムには溢れているだろう。
このアルバムの中に俺が笑っている写真はあるだろうか。
どうせないだろうと思って俺はこのアルバムを見たことが無かったが、どうだろう。
そんな写真が一枚でもあれば少し救われた気持ちになるのだが。
「あったよ。この写真、私の健吾のツーショットなんだよ」
愛子がページの右下の写真を指して言う。このページにはピンク色の付箋が貼ってある。
「これは修学旅行中にたまたま健吾と会って話してるときだろうね。二人とも私服だし」
愛子の言う通り、そこには私服姿の俺と愛子が写っている。笑顔で話していて、とても楽しそうに見える。
この写真を見て思い出した。
確か高校受験のことについて色々話したんだった。まさか写真を撮られていたとは。
「思い出した。そういえば、こんなこともあったなあ。でもまさかこんないい写真があるとは思わなかった」
「もしかして卒業アルバム見てないの?」
「一回も見てない」
「絶対見たほうがいいよ。他にも健吾が載ってるページもあったしさ。なんなら貸してあげよっか?」
「全く同じの持ってるからいいよ」
そんなことを話しつつ、愛子はどんどんページをめくっていく。そうやって卒業アルバムを眺めていると、中学時代も悪くなかったんじゃないかという気持ちになる。
「愛子はさあ、中学校楽しかった?」
「うーん、今考えると総合的には楽しかったかも」
「なるほどなあ。俺はさっきまでは中学時代は楽しくなかったと思ってたんだけど、これを見たら何だか楽しかったんじゃないかって思ってきたよ」
「ふーん。まあ、楽しいときもあったんじゃない? 私もたまに健吾と喋れたのは楽しかったし」
「それ中一の時でしょ?」
「いやいや、三年間けっこう話してたイメージあるよ。同じクラスにはならなかったけど、あった時は話しかけてた」
「そうだったけ」
「そうだよ。私覚えてるもん。健吾が一人寂しく教室移動してる姿」
「そんな悲しい姿忘れてよ」
それも思い出した。俺は確かにいつも一人で教室移動してた。あれたまに移動無しで授業するときがあって間違えちゃうんだよなあ。
「覚えてるのはねえ、健吾が一人で移動中に筆箱を落としちゃったんだよ。その時は運悪く口があいてたみたいで、文房具をぶちまけてた」
「あー、思い出してきた」
「思い出した? それで、シャーペンがちょうど私のところに移動してきたんだよ。それを健吾に渡したのが中学生になって最初の会話だった」
「そうだったなあ。あの時ほんとにありがとな」
「全然いいけどさ。でも、いいチャンスだったんだよ。健吾が中学受験することを知って、少し寂しかったし」
「……そっか」
「うん。だからちゃんと関わらないと、すぐにどっか行っちゃうんだってわかって話しかけてた」
「……ほんとありがとな」
「いいってば。今は健吾もちゃんとしてるし」
「全然だろ……」
「そうだったね。でも、最近は結構いいと思うけどね。あれかな。二人して筆箱をぶちまけた日以来よくなってるよ」
「そうだったなあ。まさかあれデジャブだったんだ」
「私は気づいてたけどね!」
「……またまた~」
愛子のマジでわかってたような雰囲気を胡麻化すように、そんなことしか言えなかった。
「じゃ、そろそろ帰るわ」
「……了解。そろそろお母さんたちも帰ってきそうだしね」
時刻は四時過ぎ。本当なら解散には早い時間だが、愛子の言う通り愛子の両親と鉢会わせるのを避けるため帰ることにした。
「じゃあ、また学校で」
「……そうだね。また」
愛子は何だか歯切れ悪くそう言った。何か言いたいことでもある、という雰囲気だ。
俺は立ち止って、何かあった?と目で聞いた。
もし実際は何もなくても伝わらなくても、無いなら無いで構わない。俺はとりあえずそんな高度なことをやってみた。
「……ちょっとだけいい?」
愛子は俯いていた顔を上げてそう言った。心配とか不安とかの自信のなさがうかがえる。
「なに?」
「……次の、遊ぶ約束をしておきたい」
愛子はそう言うと、顔を俯けてしまった。その言葉を聞いて、俺は中学受験の話を思い出した。
「確かにそうだな。俺とか愛子とかは早く決めておかないと、ズルズルいっちゃうタイプだもんなあ」
「うん。だから、次の予定を決めておきたい」
「まあ、次合うのは部活の時があるね。あとは週末とか夏休みとかかな」
「夏休みまでもう少しだっけ」
「そうだな。たぶん残り一か月は切ったと思う」
「じゃあ夏休みどっか行こうよ」
「いいね。どっか行きたいところある?」
「う~ん……」
愛子はそうして唸り始めた。
確かにどこに行くのかって結構難しいかも。今週行ったところは選択肢から外れるし、でも他に良い場所を知っているわけでもないし。
そんなことを考えていると、さっきテレビで見た花火大会の映像が脳裏に映った。
いやいや、それだけは絶対ない。
それはまだ早い。今花火大会に誘うのはまだ俺の準備が整ってない。
それに、ライブ感で誘っていいものではない。
そう結論付けて、俺はまた別の選択肢を探してみる。
すると、いいものが思いついた。
「じゃあさ、夏祭りっていうのはどう?」
「……夏祭り」
「うん。ただの夏祭りだよ。屋台が出たり盆踊りを踊ったりするやつ」
俺は花火大会ではないことを強調するように言った。そういう言い方をすれば愛子も大丈夫のはずだ。
「……楽しそうだね。私も夏祭り行きたい」
「じゃあそうしよっか。また後で調べてからどの祭りに行くか決めよ」
「うん。わかった」
そんな話をして、俺は愛子の家を出た。
ウキウキルンルンな気持ちで、早く夏休みが来ないかなあと思った。
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