第16話 パスタ
愛子はトマトスパゲッティを作るつもりらしい。
その材料の、トマト缶やナスなど愛子の家になかったものを買っていった。
愛子はトートバックから折りたたまれた薄紫色のエコバックを出して、それに入れていた。
愛子から食材の入ったバックを受け取って、愛子の家に向かう。
道中愛子とも適当な会話をしながら歩くが、正直上の空だった。
昔は気軽に行けていた愛子の家が、こうも緊張させるものになるのか。当時の俺はこんなことになるなんて想像もつかなかっただろう。
世の幼馴染たちも全員そうなのだろうか。
別に仲違いするでもなく、仲のいいままだっととしても家に行くのは緊張するようになってしまうのだろうか。
それとも昔と変わらず気軽に家に遊びに行くものなのだろうか。
誰か教えてくれえ。
俺と似たような奴がいてくれえ。俺の見方よ、いてくれえ。
そうやって同士を求めても仕方がなく、ついに愛子の家の前についてしまった。
愛子の家は一軒家で、昔見たのとあまり変わっていなかった。
最近は愛子を送っていくこともあって、見るようになったこの家だが、この近くに来るとどうしても緊張してしまう。
心の準備が整わず落ち着かない俺をよそに、愛子は何のためらいもなく入っていく。
ここで粘ったってしょうがないので俺は素直に愛子の後ろについていく。
愛子はお守りを付けた鍵を取り出してドアを開けた。ちらっと見えたところ、そのお守りは近所の神社で売っている交通安全守りだ。俺も同じのを持っている。
愛子がただいまーと言って入っていくのでびくっとしたが、中から返事はない。
どうやら家に帰ったらただいまを言うのが愛子の癖らしい。靴も一側も玄関に出ていなかったので、愛子の両親はちゃんと出かけているようだ。
「おじゃましまーす」
何だか照れくさくて、俺は小声でそういった。愛子もそれに応えるように小声で「いらっしゃい」といった。
愛子の家の匂いは久しぶりだった。愛子に貸してもらった科学の本と同じ匂いがする。
俺は愛子に通されてリビングに入った。
リビングを見てみると、昔遊びに行った時とは少し変わっていた。
ソファが変わっていたり、端っこの方にエアロバイクが置いてあったり、愛子の中学時代の写真が飾られていたりする。
そういうところに気づくと、懐かしさや寂しさ、後悔などがこみ上げてくる。
最近はそう言うことが多くて慣れ始めたが、それでもちょっと胸がギュッとなる。
「荷物は適当にソファとかに置いていいから」
愛子はそう言って荷物を下ろした。そして台所に向かう。
俺もショルダーバックを下ろして、食材の入ったエコバックをもって愛子について言った。
しっかりと手を洗ってから、料理の準備に取り掛かる。
「健吾も手伝ってくれるの?」
「えっ、ああうん。勝手にそう言うことなのかなと思ってた。邪魔ならもちろんどくけど」
「いやいや、全然ありがたいよ。じゃあまずは、材料を切ります」
俺は愛子の指示に従って、野菜を切ったり麵をゆでたり使った道具を洗ったりしていた。
そうこうしているうちに、あっという間にパスタは出来上がった。
俺は全然料理をしないので、うまくいかないところもあったが、楽しかった。
一人だったら絶対しないことなので新鮮だったしドキドキした。
俺は皿に盛り付けられた茄子とトマトのスパゲティを机の上に並べた。そして二人並んで食べ始める。
「いただきます」
「いただきます」
アツアツのパスタを口に運ぶとトマトとニンニクの香りがしておいしい。
一口、また一口とどんどん食べ進めていった。
これは間違いなく成功だ。
そう考えたのは俺だけじゃないらしく、愛子もおいしそうに食べていた。
「滅茶苦茶うまいね」
「うん。めっちゃおいしい」
そんな単調な会話を挟みつつ、俺たちは一心にパスタを食べた。
今の時刻が一時半ということもあってお腹が空いていたし本当に美味しかった。二人でご飯を作って二人で食べるなんて最高すぎる。
二人とも食べ終わって、食器洗いが始まった。
料理に使った道具はあらかじめ洗っておいたので、二人分の皿とフォークを洗うだけだ。
俺が洗った食器を愛子が拭いてくれる。
そうして片づけはすぐに終わり、まったりした空気が生まれた。
愛子はポテトチップスとチョコクッキーを出してくれた。
のんびりとお茶を飲みながらお菓子を食べていると、愛子がテレビのリモコンに手を伸ばした。
そのまま電源を入れて、テレビの画面が映った。
流れていたのはお昼にやっている明るいバラエティー番組で、その時はちょうど花火大会の特集コーナーをやっていた。
画面には過去の花火大会の映像が映っている。
しかし愛子はすぐに電源を落として、花火大会の映像を打ち消した。
俺は言わなきゃと思いつつも躊躇っていると、愛子は空気をごまかすように立ち上がっていった。
「ちょっと、私の部屋行こっか」
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