第14話 ごっこ

 満腹になって満足した俺たちは新宿御苑に向かって歩き始めた。


 愛子の提案で途中コンビニに寄って、飲み物を買って水分補給できるようにしておいた。

 今日は日差しが強くもう夏という印象だ。


 少し歩いて入場口に着いた俺たちは学生証を出してチケットを買った。


 ゲートにチケットをかざして中に入ると、ちらほらと人がいた。広い敷地だからこそ、ちらほらとみえるだけで、ぎゅっと集めたら相当な数がいそうだ。

 外国人の観光客らしき人たちも多く、みんなパシャパシャと写真を撮っていた。


 ザ・日本といった感じの巨大な池や橋、建物、植物の感じなどがとても美しく見えた。

 この和の感じはなかなか見ることができないので、かなり新鮮な気持ちで見ることができた。


 愛子と適当に話しつつ散歩していると、俺のいきたかったところに出た。

 それはとあるアニメの聖地となっている東屋だった。


 大きな池の近くにある東屋はアニメのアニメで見た光景を思い出させ、胸がじわじわと温かくなる。

 ただ今日が雨でなく快晴なのが残念だった。


「ねえ、あの東屋に寄って行こうよ」


 東屋の中で写真を撮っている人が出て行ったタイミングで、俺は愛子にそう提案した。愛子がそのアニメを知っているかはわからないが、雰囲気がいいのでどっちでも楽しめるはずだ。


「いいよー。行こっか」


 知ってるのか知らないのか判断しにくい態度で愛子は言った。


 東屋の中は、まあ普通の東屋という感じで良い雰囲気があった。こんな所でゆったりと時間を過ごすなんて最高すぎる。


 俺はぼんやりと池を眺めて、じんとする思いを確かめていた。

 すると不意に肩をポンポンと叩かれた。振り向いてみると愛子が板チョコを差し出してきた。


「ねえ、食べるでしょ?」

「……めっちゃいいじゃん。これならお弁当作ってくればよかった」

「卵の殻入りの玉子焼きでしょ」


 そんなアニメの世界に入ったような会話が本当に楽しい。もういつまでもこんなことをやっていたくなる。


 春になったら、秒速五センチメートルで落ちる桜の花びらも見に行きたいなあ。



 俺たちは結局三十分くらい東屋でダラダラ話していた。

 話がひと段落したところで、まだ全然回れてないことに気づいて散歩を再開した。


 いろいろな風景を見て回っているうちに、愛子との会話がまた今日見たお笑いライブに戻ってきた。


「今日のライブホントに面白かったよ。これからは私も色々見てみようと思った」

「それはめっちゃ嬉しいなあ。笑ってると楽しいもんね」

「ね。私も今日やっとそれがわかったよ。笑ったり楽しんだり感情を出すのに何だか抵抗があったからさ」

「そっか。俺も笑うことが少なくなってた時期にお笑いのおかげで笑うタイミングができて、それが好きになったんだよ」


 クラスになんだか馴染めなくて、家族ともあまり話さなくなった中学時代、毎日面白いものを見て笑えたのが幸せだった。


 そうやってギリギリ過ごせてた中学生だった時が懐かしい。


 そういえば、中学一年生の時は愛子とも一か月に一回ぐらいは一言二言喋ってた気がする。


 多分愛子の方から話しかけてくれたと思うのだが、何があったんだっけ。いつの間にか喋るようになってた気がする。

 でもそれも中学一年生の時だけで、二年生以降はあまり喋った記憶がない。クラスも一度も同じにならなかったし、タイミングがなかったのかも。


 そんなことを考えていると、急に黙ったのが変だったのか愛子が心配そうに聞いてきた。


「どうしたの? 何か変なところでもあった?」


 愛子に直接聞こうか迷ったが、自分から聞くのも何だか恥ずかしくて結局適当に誤魔化してしまった。


 ちょっと喋ることぐらい本当は普通のことだし、考えすぎかもしれない。俺はちょっと特別に考えすぎる癖があって、それがちょっと自分でも痛いくらいだ。


 変な思考に陥っている脳を働かそうと、水滴でびちょびちょのペットボトルのお茶を流し込んだ。

 


 その後なんとなく園内を一周しきって、新宿御苑を後にした。

 時間は五時を過ぎていて、まだ遊ぼうと思えば遊べるのだが、俺も愛子も疲れてしまって今日は帰ることにした。


 明日もまた愛子との約束があって、今度は愛子の好きな週末を体験することになっていた。

 愛子から、試験中によく勉強していた図書館に十時集合とだけ伝えられた。何をするのかは当日教えてくれるらしい。


 夕方の電車内は割と混んでいた。

 立ちっぱなしで十五分くらい電車に揺られて駅に帰ってきた。


 帰りはさすがに疲れてしまって、さすがに口数も減っていたが、悪い空気にはならずに一日を終えることができた。


 一応愛子の家の前まで送ってから別れた。

 愛子の「また明日」という言葉に、俺も「また明日」と返した。

 

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