第13話 変化
俺は電車の中で今日の予定を愛子に伝えることにした。
「今日はまずルミネでお笑いライブを見た後に、ご飯食べたり買い物を挟みつつ新宿御苑で散歩するつもり」
俺は悩んだ末に、最初の計画通り散歩に行くことにした。考えてもどっちがいいのか結論が出なかったので、変えないことにした。
ライブ感で計画を変えると面倒くさいことになることを俺は知っているのだ。
「わかった。何度も言うようだけど、楽しみにしてるよ」
愛子がまた楽しみだと言ってくれた。それがとても嬉しい反面少し緊張してくる。
自分の好きなものが否定されるのは嫌だ。それは仕方のないことなのかもしれないけど、俺はできれば受け入れてほしいと思う。
好きという気持ちを受け入れてもらえないつらさを、俺は語れないけど。
十五分ちょっと電車に揺られて新宿駅に着いた。
俺たちは改札を出て南口に向かった。くねくねと階段やエスカレーターを上って地上に出た。
そして普段はショートカットにしか使わないルミネの中に入っていく。
エレベーターの前に行って上のボタンを押す。
どうやらエレベーターは出発したばかりのようで、周りには人がいなかった。
俺はゆっくりと灯っていくランプを見ながら愛子との雑談を楽しんでいた。
「どんな人が出るの?」
「それは見てからのお楽しみ」
「えー、でもいいの? ハードルはぐんぐん上がっちゃうけど」
「……出てくる芸人さんは例えば、前話したラジオの芸人さんも出るよ」
「ビビって話しちゃってんじゃん」
「ちょっと怖くなっちゃったんだよ!」
そんなことを話していると、エレベーターが止まった。
中から人が全部出て、俺たちはエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターの中には近日ライブに出演する芸人さんのポスターが張られていた。
愛子とポスターの中の芸人さんを指さして、この人知ってるとか、この人たち面白いよね、なんて話しながらエレベーターは七階に着いた。
チケットはすでに取っておいたので、二人でグッズ売り場を覗いていた。
お菓子や文房具、ステッカーなど様々なグッズが売られていて、見てるだけで楽しかった。
俺も愛子も何か買いたくなって、さっき二人で面白いよねと話していた芸人さんのステッカーを買った。
「これスマホケースに入れようかな」
「いいんじゃないの? ヤバいファンはニワカがステッカーを入れるな、なんて言ってくるだろうけど、ステッカーもかわいいし全然いいと思うぞ」
「……やっぱやめとくよ。この場所にはそういう人もいそうだし」
そう言って、愛子はステッカーをバックの中にしまった。俺も自分のバックの中にステッカーを入れて、グッズ売り場を出た。
ライブが始まる前にトイレに行ってから劇場内に入った。
席は真ん中よりの前から六列目で、いい感じの場所だった。ライブが始まるまで舞台の左側と右側にあるスクリーンから流れるCMを見ていた。
そうしているうちに、ついにライブが始まった。
「いや~、面白かったねえ」
「うん。面白かった」
ライブが終わった俺たちは、今度はエスカレーターで帰りつつ感想を語り合っていた。
どの芸人さんのネタも面白かったし、俺の大好きな芸人さんの好きなネタも見れたので大満足だった。
俺は久しぶりに笑って少し疲れてしまったくらいだ。
「それにしても、久しぶりに超笑ったよ。でも、愛子の方がめちゃくちゃ笑ってたよね。超超笑ってたよ」
「うん、私も久しぶりに超笑っちゃったよ。別に我慢してたわけじゃないけど、何だか抑えられなかった」
「それわかるなぁ。芸人さんってやっぱりすごいんだな」
俺たちは結局ルミネを出たとも感想戦が終わることなく話し続けていた。
行く当てもなくただ話し歩いていて楽しかったのだが、さすがにお腹が減ったので、どこかに入ることになった。
「ねえ、確かこの辺ってコメダあったよね。そこいかない?」
という愛子の提案によって、俺たちはコメダ珈琲店に入った。お昼は特に決めていなかったので、愛子の提案には助かった。
「私さ、コメダのでかいやつ食べたかったんだよ」
「ああ、サンドイッチとかスイーツとかが見本よりでかいってやつね」
「そうそう。あれ食べて見たくない?」
「確かに、実物はどんな感じなのか気になるかも」
「じゃあシロノワールを一個頼んで半分こしようよ」
「いいね。そうしよっか」
そういうことで俺と愛子はそれぞれサンドイッチのセットを頼んで、シロノワールを一個だけ注文した。
「おー、確かにでかいね」
「うん。想像してたよりも大きいね」
注文した品が全て届いて、俺たちはそのサイズ感に驚いていた。
本当にサイズがでかかった。
サンドイッチのセットもかなりボリュームがあるし、シロノワールはサイズもでかいしシロップもソフトクリームもたくさんでカロリーがヤバそうだ。
きっとこれは一人では食べられなかっただろうなあ、というほどだ。
「いただきまーす」
愛子がパチンと手を合わせて言った。
愛子は目を輝かせてサンドイッチにかぶりついていた。
「うん。おいしい!」
満面の笑みで愛子はサンドイッチの感想を言った。そんな笑顔を見ていると、俺も自然に笑顔になってしまってご飯が美味しい。
それにしても、さっきのライブ以降愛子のテンションが明らかに上がっている。
普段だったらもう少し落ち着いたテンションで食べてると思う。あんなに目を輝かせている愛子は本当に久しぶりだった。
もしかしたらコメダが相当好きなのかもしれないが、俺にはさっきのライブが原因なのではないかと思う。
多分、愛子が自分で言っていた通り、抑えていた感情があふれ出てしまっている状態なのではないだろうか。
お笑いを見た後楽しい気分になって、テンションが上がるのはよくあることだ。
俺の好きなもので愛子が楽しくなってくれたなら本当によかったと思う。
今の愛子は小学生の時の、あの時の愛子に近いように感じる。
この久しぶりの感覚に胸がじんと染みて泣きそうになる。
温もりのある何かがじわっと体に染み入って行って、泣きそうなのに妙に心を落ち着けてくれた。
そんな懐かしさに包まれながら、俺はシロップとソフトクリームがしみしみのデニッシュを口に運んだ。
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