第11話 結果

 それからも俺たちの勉強の日々は続いた。

 愛子に勉強を教えるたびに自分の復習にもなることで、着々と知識が定着してきた。


 愛子も愛子で、わからないところを、そのままにすることがなくなったおかげで、かなり仕上がってきているらしい。

 俺から見ても愛子はとてもよく勉強しているように思えるし、二人そろって高得点が狙えそうな気がしていた。

 

 俺と愛子は学校が休みの日も近所の図書館で静かに勉強し、試験当日に備えていた。


 そして、今日がその試験の最終日である。


 一日目の保険、英語論理表現、数学Aはワークやプリントの内容がほとんどで、難なく終えることができた。愛子もおそらく高得点が狙えるはずだ。

 二日目の公共、地理総合、生物基礎も三日目の情報、現代の国語、化学基礎も同様だった。


 残すは英語コミュニケーション、言語文化、数学Ⅰの三教科だ。

 今日の科目は愛子の苦手な古典、英語が含まれているので少し心配だった。俺の教えたことをしっかりと思い出せれば大丈夫だと思うが、やっぱりどこか心配してしまう。


 俺も俺で苦手な数学が入っているので、少し緊張していた。

 ワークも何周もしたし大丈夫だという自負はある。しかし今までの苦手意識がどうしても俺を不安にさせるのだ。

 少し落ち着かなくなって、腕時計に目を落として秒針を数え始めると、


「じゃあ、そろそろ筆記用具以外しまって―」


 という担任教師の声がした。

 俺は最終チェックを済ませた教科書を閉じて、カバンの中にしまった。



「テストお疲れ様でした。でも試験が終わっても、ホームルームは残ってるから帰るなよー」

 最後の数学のテストを集めて、担当の先生がそう言った。


 これで期末試験の全日程が終了した。

 火曜日から始まって、今日金曜日まであった大変な一週間が終わろうとしている。


 愛子と勉強している時間は楽しかったが、勉強し続けるのは大変なものだった。

 問題を間違えたりわからなかったりするとストレスがたまる。そして相手への接し方にも少しいら立ちが見えてしまう。


 そうなると相手の機嫌も悪くなり、地獄の空気が出来上がる。

 そんな嫌な出来事も乗り越えて、なんとかこの一週間を乗り越えることができたのだ!

 これがとってもうれしい!


 テスト前を含めたら約三週間にも及ぶ勉強の日々がいったん終了し、期末試験が終わってしまえば、一学期まであっという間に過ぎてしまうので一学期はもう終わったも同然だ。


 ようやく夏休みが見えてきたのだ。


 俺は解放感と期待感を胸に抱きつつ、スマホの電源を入れる。試験中は音が鳴らないように電源を落としていたのだ。

 俺はパスワードを入力してスマホを開いた。見てみると、ラインの通知が一件来ていた。


 クラスラインに入らず、友達も少ない俺にラインが来ることはあまりない。あったとしても家族からの連絡がほとんどだ。


 アプリを押して一覧が表示される。その一番上に愛子の焚火の写真のアイコンがあった。


「ホームルームが終わった後、生物室で会わない?」


 そんな一通のメッセージに、俺は息を止めた。

 ほぼ五年ぶりに届いた愛子からのライン。

 それがうれしくて、びっくりしてリアクションが取れなかった。


 一番下に追いやられていた愛子のアイコンが一番上に急浮上したことがたまらなくうれしい。

 この後会おうと誘ってくれたことがうれしい。

 俺はとにかくうれしくて、ボーっとしてしまったが、返信しないといけないと気づいて急いで返事を打った。


「もちろん行ける!うちのクラスはホームルームが長いかもだけど、絶対いけから!」


 その返信をしてから誤字に気づいて慌てて「いくから!」と訂正しておいた。



「い~っす」

「い~っす」


 そんな運動部のような挨拶を交わして、俺は愛子の前の席に着いた。

 愛子はやはり俺の前に生物室に着いていて、スナック菓子を既に広げていた。愛子がポテトチップスを持ってくるのは珍しかった。


「テストお疲れ様。よくできた?」

「できたよ。健吾に教えてもらったおかげで、前回から得点は大幅アップだろうねぇ。ほんと、健吾には頭が上がらないよ」

「勉強したのは愛子なんだから、愛子の成果だろ」

「そういう定型文はいいよ。それより、健吾はどうだったの?」

「滅茶苦茶よかったよ。学年順位一桁は確実だろうなあ」

「よかったじゃん。健吾も大幅アップだ」


 愛子はにこにこと笑顔を浮かべている。愛子も俺もいい結果が出そうで、とにかく気分が良かった。


「じゃあ、そんな二人を祝って乾杯しよっか」

「あっ、ごめん俺今水筒しかないや。ちょっと買ってくるよ」

「その必要はないよ。私が健吾の分も買ってきておいたから」


 そう言って愛子は冷蔵庫の前まで移動した。そして缶のコーラを二本取り出して持ってきた。


「私のおごりだよ。はい、あげる」

「いや、その冷蔵庫先生が薬品とか実験の品を保管してるやつでしょ? ちょっとやなんだけど」

「いいからいいから。早く受け取って」

「わかった。でもお金出すよ。おごられるの嫌いだから」


 そう言って俺はリュックから財布を取り出そうとした。しかし愛子はそれを遮るように言ってくる。


「健吾に勉強を教えてもらったお礼だから、受け取って」

「別に好きでやっただけだからいいよ」

「それでもだよ」

「なんかやなの。嫌だから俺は払う」

「意地悪。また私のこと考えてくれてないじゃん」

「……わかったよ。本当は欲しかったけど体面を気にして、いらない振りしてごめんなさい」

「……や、やっぱり。それなら早く受け取ってよ」


 俺は愛子からキンキンに冷えたコーラを受け取った。

 缶のビールは本当にテンションが上がる。俺はもう早く飲みたくて仕方なくなってしまった。


 机に広げられたポテトチップスを見て自然と喉が鳴ってしまう。なるほど、今日は確かにチョコよりもポテトチップスが合うだろう。


「じゃあ、とっとと乾杯しよ」

「早くビールが飲みたいおじさんみたいじゃん」

「そんなのいいから。愛子が乾杯してよ」

「え~」

 愛子は嫌そうにしながらもコーラの缶を掲げた。


「じゃあ期末試験お疲れ様~ かんぱーい」

「かんぱーい」


 二人のコーラはカンっといい音を立てて、ぶつかった。そしてプッシュという音が同時にする。

 コーラを一気に口の中に流し込むと冷たくてシュワシュワしてて気持ちがいい。


 そして二人同時に

「「うまいね」」

 と言った。

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