期末テスト

第6話 実験何する?

 帰りのホームルームが終わると、あらかじめ片付けておいたリュックを背負って教室を出た。


 今日は前回の科学部の活動があった日の一週間後の木曜日。週に一度しかない科学部の活動日だった。

 俺たち一年生の教室は五階にあって、活動場所である生物室は四階にある。俺は近くの階段を下りて生物室を目指した。


 俺はすぐに生物室の前までついた。既に教室の電気は付いているので、愛子はもう到着しているようだ。

 愛子のクラスは帰りのホームルームがないらしいので、大抵俺より早く着くのだ。

 俺はガラガラと重たいドアをスライドして、教室の中に入った。


「い~っす」

「い~っす」


 いつもの席に座っていた愛子といつもの挨拶を交わす。

 何だか運動部の男子っぽい挨拶だが、他にどう言えば良いのかわからなくて、こうなってしまった。


 「こんにちは」というのは改まってる気がして気持ち悪いし、「よう」なんて言うのもキャラじゃない。

 挨拶をしないというのも違和感があったので、何となく今の形に落ち着いてしまったのだ。


「前回からの宿題、ちゃんとやってきた?」

「もちろんやってきた。調べてみると面白そうな実験がいくつもあって意外と楽しかったな」

「私も。久しぶりに科学とか理科の本を読んだよ」


 そう言って愛子は一冊の本をリュックから取り出した。それは俺の見覚えのある本で、愛子が昔よく読んでいたもののはずだ。


「その本って、愛子が昔よく読んでたやつ?」

「そうだよ。何だか懐かしくなって、この機会に読んでみることにしたんだあ」

「俺にとっても何だか懐かしいよ。小学生の時に愛子がよく読んでたの覚えてるよ」

「読んでた読んでた。健吾にも一回貸したことがあったんだけど、微妙な反応が返ってきたのも覚えてる」

「そうだっけ。そこまでは、そんなにはっきりと覚えてないなあ」

 そう言われるとそんな気もするが、正直覚えてない。でも表紙を見て思い出したくらいだし、もしかしたら読んだのかもしれない。

「それで、健吾はどんな実験を調べてきたの?」

「俺はネットで調べたんだけど、それに加えて、前の科学部が何の実験をやってたのかも調べたんだよ」

「私たちが入る前の、去年の科学部ってこと?」

「そう。先生に聞いてみたら、文化祭で披露した実験のレポートを見せてもらった。そこに載ってたのが、液体窒素を使った実験だったんだ」


 液体窒素とは、液体上にある窒素のことで、沸点がマイナス一九六度の超低温の液体のことだ。

液体窒素を使って、様々なものを凍らせることができる。レポートによるとバナナやオレンジ、風船などを凍らせてその様子を観察していたようだ。


「ものによって液体窒素をかけたことで起きる反応が違うらしくて面白そうだった」

「確かに面白そう。前の科学部がやってたなら、先生に聞けば道具も用意してもらえそうだしいいかもね」


 俺の提案に愛子の好意的な反応が返ってきて安心した。よく調べた甲斐があったというものだ。


「じゃあ、次は私が調べてきた実験だね。私は色々と本を読んでみたんだけど、結局この本に載ってる実験がいいなと思ったんだ」


 そう言って愛子はさっき取り出したあの本をパラパラとめくりだした。付箋が貼られているページがいくつかあって、その中から目的のページを探しているようだ。


「このページの実験なんだけど……」


 愛子があるページを開いて差し出してきた。そのページの左上に「割れないシャボン玉のつくり方」と書かれている。


「割れないシャボン玉を作る実験ってこと?」

「そう。シャボン玉は洗剤と洗濯のりがあれば作れるんだけど、それに色んな材料を混ぜて強度の高いシャボン玉を作ってみるっていう実験なんだ」


 愛子の説明を聞きながら読み進めていく。愛子の言った通り、シャボン玉自体は簡単に作れるらしい。

 割れないシャボン玉なんて作ってみたことがないし、面白そうだと思った。


「この実験もいいじゃん。めちゃくちゃ面白そうだよ」

「そう? よかった」


 愛子は満足そうな様子でそう言った。愛子も色々と調べたんだろうなと思って嬉しくなった。


「ねえ、この本ちょっと読んでみていい?」

「いいよー。でも結構昔に買った本だから汚れてるところが多いかも」

「それは全然大丈夫。ありがとう」


 俺は開いていたシャボン玉のページからパラパラとページを前に戻していった。

 そうすると、何だか嗅いだことのある匂いをフワッと感じた。


 ああ、きっと愛子の家の匂いだ。

 小学校中学年くらいまでは、たまに愛子の家に遊びに行くこともあったから覚えていたのだろう。


 匂いを覚えてるのは何だか気持ち悪い気もするが、言わなきゃバレないことなのでよしとしよう。

 愛子本人に言ったらどんなリアクションをするか気になるが、気持ち悪がられたくないのでやめることにした。


 ページをめくっていると、見覚えのあるページが増えてきた。特に序盤のページや目次などは見た覚えがあったので、俺がこの本を借りたのは本当らしい。

 でも多分、途中で読むのを読めちゃったんだろうなあ。


「貸してくれてありがとう。やっぱり俺もこの本読んだことあったみたいだ。パラパラめくってみたら見覚えのあるページがいくつかあった」

「でしょ? 私は思い出を大事にするタイプだからよく覚えてるの」

「なるほどなあ。この本も愛子は汚れてるかもって言ってたけど、全然きれいだし、思い出の品とかもちゃんとしてるんだ」

「そうそう。それなのに健吾は全然覚えてないんだから」


 愛子がすごいだけな気もするが、何も言い返せない。喋ってるうちに思い出すこともあるが、今の状態で覚えてる記憶なんてないものだ。


「ともかく、これで文化祭の企画もできそうだし、よかったよ」


 愛子がチョコの包装を解きながら言った。今日は愛子の持ってきたチョコレートが机に広がっている。苦みのない甘々なチョコだった。


「文化祭って九月でしょ。まだまだ余裕あるんじゃないの?」

「まあ、そっか。そうだね。そうだった」

「うん、ちょっと早いかもなあ。でも初めての文化祭だし、どんな感じなのかは気になるかも」


 俺と愛子の中学校には文化祭がなかったのだ。代わりに文化祭っぽい行事があるわけでもなかったので、人生初めての文化祭ということになる。


「まあ、どっちの実験を先にやるかは先生とも話してからにするとして、直近の問題は期末試験だろ」


 そう言って俺は、今日伝えようとしていた話題に踏み込んだ。

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